第595回 投函しない年賀状

10日間のクロアチアひとり旅のあれこれを綴っているうちに、今年もあと3日を残すのみとなってしまいました。急に寒さが増したと思ったらあれよという間に時が流れ、年末に向けて、日々の時間に猛烈な“アッチェレランド(*音楽用語で、次第に速く、の意)”がかけられているかのようです。

大掃除はまぁ、片目をつぶるとしても、欠かすことができないのが年賀状書き。ある時期は「ややもすると印刷だけの文面になりがちで、ひと言も個人的なメッセージがないケースもあるカードのやりとりに、義理以外の何の意味があるのかしら」などと思って筆が重かったのですが、最近はちょっと違うことを感じるようになりました。

年賀状は、本当はかたちではなく気持ちのやりとりで、お年玉つき年賀はがきを買う以前から始まっているのだ、と思うようになったのです。きっかけは、喪中のお知らせでした。11月に入ってからというものの、三日に一通ほどの割合で届く喪中を告げるはがき…。数えてみたら、今年は過去最多の14通にも及びました。

これまでは、「祖母が…」「祖父が…」というものがほとんどだったのに、いつの頃からか「父が…」「義母が…」などが増えはじめ、今年のお知らせには「妻が…」というものもありました。亡くなったかたを直接存じ上げなくても、かけがえのないご家族を失った知人、友人の気持ちを思うと、とても辛く、悲しい気持ちになります。

本当は、喪中のかたがたにこそ、気持ちを新たに次なる年を心健やかに迎えて欲しい。おめでとう、という言葉ではなくても、それに代わる励ましの言葉を届けたい…。

そんな思いがどうしても頭から離れなくなったので、私は今年からあることをすることに決めました。喪中のお知らせをくださった方宛てに、投函しない年賀状を書くことにしたのです。おめでとう、の類いはもちろん書きませんが、その方への自分なりのメッセージを、ひと言だけしたためて…。

直接その方に届かなくても、いいのです。自分のなかで思いを寄せさせてもらえれば、それで充分。それらは新年に皆さんから届く年賀状と一緒に来年の年末まで保管して、また翌年の年賀状を書くときにひとりでこっそり、他のかたがたからの年賀状と一緒に読み返すという心積もりです。

年賀状は、新年の簡素にして大切なご挨拶。年賀状を書く際に、自分で決めているみっつのルール、というものがあります。ひとつめは、時間がかかるし、それもあっていつも投函するのが大晦日ぎりぎりにもなってしまうのですが、必ず手書きのメッセージをひと言、その方の顔を思い浮かべながら書き添えること。ふたつめは、今まで頂いたことのある方の場合、最後にその方から頂いた年賀状を見なおしてから、書くこと。みっつめは、体調も含め、マイナスな話は極力書かないこと、です。

たいして気の利いたひと言が書けなくても、決まりきった言葉にしかならなくても、その方の顔を思い浮かべ、今頃どうしているのかな、しばらく会っていないけどきっとちっとも変わっていないんだろうな…などと想像しながら…、また、初めての方へはその出会いに感謝しながら、一枚一枚を心をこめて書き上げていくのは、一年の締めくくりにはふさわしい、豊かなひとときのように思われてきます。

そんなこんなをあれこれ考えたりしながら、なんとか年賀状を書き終えて、ふと、何かを忘れているような気がしてきました。なんだろう?ええっと…。

そうだ!大好きな、おじいちゃん、おばあちゃんに、ずっと便りを書いていなかったんだわ!…かくして私は今年から喪中の方へ投函しない年賀状を書くことにしたように、亡くなった大好きな祖父、祖母たちにも年賀状を書くことにしました。表面は名前だけ。裏には、一年を振り返って“今年はこんな年でした。来年はどうなるといいな”、ということを、報告するつもりで。これも、喪中の方への年賀状と一緒に今度の年末に年賀状を書くときまでとっておいて、一年分のタイムカプセルにするのです。

“思いを伝えること”はもちろん、大切なことですが、その方をただ“思うこと”、“思いを寄せること”そのものも、実はとても大切なことなのではないでしょうか。例えば、亡くなった方には、もう、直接言葉を伝えることはできませんが、その方を心から思うとき、亡くなった方は思われている方の心のなかに、再び魂を吹き返すことができるように思うのです。

こうした“投函しない年賀状”は、あるいは年々、増えていくのかもしれません。でも、それでもいい、それは必ずしも哀しいことではない、と思っています。だって、たとえ生きていてもそうでなくても、思いを寄せられる人がいるのは良いことですもの。命が限りあるものであることは自然なことですし、年の終わりにそのかたがたを思い、出会いや関わりに感謝して新しい年を迎えられるのがありがたいことには、かわりありません。

今年も残すところ数十時間。来る2013年が、皆さまにとってよき一年になりますように、心からお祈りいたします。今年も一年間、お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

2012年12月28日

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