第582回 吾もまた紅なり

明日から9月だというのに、猛烈な残暑は毎日やる気まんまんで熱気を振りまいています。でも、雨は降らないので、うちの前の赤い百日紅(さるすべり)の花がすっかりしおれてしまいました。

それでも、あんなに盛大に絶叫していた蝉の声は聞こえなくなり、かわりに「蜩(ひぐらし)がなくのを聞いたよ」という会話を耳にしたり、秋の気配は少しずつ近づいているようにも感じます。

あたりまえのよう青々と生えていた草木が虫に食べられて紅葉しだしたり、虫や鳥の鳴き声が微妙にうつろっていったり、と、日に日にその変化を感じて取ることができるのが、この季節の魅力です。

日本は特に、秋の草花の種類が豊かだといわれています。ささやかなたたずまいだけど、静かな主張や、強い清らかさがある、草花。姿はもちろんですが、名前もとても美しく個性的なものがたくさんあるように思います。写真がないので図鑑のようなわけにいかないのですが、逆に名前から「どんな花なのかしら?」と、思いをはせるのもステキなことなのではないでしょうか。いくつかをご紹介してみましょう。

【オレンジ色の花】
紅輪花(こうりんか)…咲くとオレンジ色の花弁が下がり、独特の花形に。

【黄色い花】
黄釣舟(きつりふね)…舟をつりあげたような花形に因んだ名前。
雌宝香(めたからこう)…防虫剤の宝香に根茎の香りが似ていることからこの名前がついた。
黄苑(きおん)…紫苑に対して、黄色の花をつけるのでこの名があるが、紫苑とは別の仲間。
金水引(きんみずひき)…細長い黄色の花序を金の水引きに例えた名。

【紫の花】
松虫草(まつむしそう)…ご存知、マツムシの鳴く頃咲くことに因んだ名。
岩桔梗(いわぎきょう)…風の強い砂地などに咲く。
岩沙参(いわしゃじん)…山地の渓流に沿った岩壁などにはりつくように根を下して、細い茎に鐘形の花をつける。
山鳥兜(やまとりかぶと)…烏帽子に似た花形に因む名。猛毒えお含む毒草ながら花は美しい。
雁草(かりがねそう)…雁の飛ぶ姿になとえられた名。雄しべと雌しべが湾曲して、面白い形をしている。
岨菜(そばな)…切り立った崖(=岨)に、斜めに咲き出る草姿から。
姫虎の尾(ひめとらのお)…長い花穂を虎の尾にたとえた名で、たおやかな姫のような姿。

【白い花】
晒菜升麻(さらしなしょうま)…ブラシのように白い花をつけ、春の若菜は茹でて水に晒して山菜となる。
高野箒(こうやぼうき)…その昔、高野山でこの枝からほうきをつくったことからこの名が。
仙人草(せんにんそう)…クレマチスの仲間。葉の柄を蔓状にからませて伸ばす。
白髭草(しらひげそう)…糸状の縁取りのある花を、白い髭に見立てた名。
曙草(あけぼのそう)…花弁の先に緑の溝を黒紫の斑点があることから、明け方の明星を連想して。

【紅色の花】
立風露(たちふうろ)…細い茎で立ち上がり、ほかの草に寄りかかるように花をつける。
秋海棠(しゅんかいどう)…寛永年間に中国から渡来。下向きに咲く花を海棠にたとえた名。
釣舟草(つりふねそう)…舟を吊り下げたような花形が独特。
駒繋(こまつなぎ)…根や茎が丈夫で、馬もつなげるほど、というたとえからこの名がある。
現の証拠(げんのしょうこ)…下痢止めの妙薬とされ、効き目がすみやかなのでこの名が。

(*参考文献:川端敏郎著『四季の花手帖』 平凡社)

…などなど。いくつご存知でしたか?

何が一番、ということはないのですが、秋の紅色の草花の中では、『吾も亦(また) 紅(くれない)なりと ひそやかに』と、高浜虚子 が詠んだ花、吾亦紅(われもこう)が大好きです。わずかに黒ずんでいる独特の深い紅色と、その、一見花らしくない(小林一茶曰く『吾亦紅 さし出て花の つもりかな』)愛らしくも個性的な姿を見ると、思わず家に連れて帰りたくなります。実は、バラ科なのだそう。花言葉は、「愛慕」「変化」。

季節の変化、うつろいを愛で、慕う。あるいは、愛しい人を恋しく思い、会いたいと願う。…そんな秋の気分に、吾亦紅ほどぴったりとよりそってくれる花は、なかなかありません。

2012年08月31日

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