第581回 特殊奏法あれこれ
明日は、サントりーホールでの本番です。久しぶりに新日本フィルハーモニー管弦楽団と、現代音楽作品をご一緒させていただくことになっています。
私がピアノパートを担当することになっているのは、先月書き下ろされたばかりのまさに“できたてほやほや”の、琵琶が入るオーケストラ作品で、今回が日本初演です。
現代音楽に限ったことではありませんが、特によく現代音楽で目にする(耳にする?)のは、特殊奏法と呼ばれる演奏法。ピアノは管楽器、弦楽器などに比べるとその種類は少ないのですが、それでもいくつかの特徴的なものがあります。なかでも一番ポピュラーなものは鍵盤に指をすべらせるグリッサンドというものです。
今回の作品にはグリッサンドのほか、音を出さないで打鍵してソステヌートペダル(一部のグランドピアノに備わっている、三た本中真ん中のペダル)を踏み、そのまま他の音を鳴らして共鳴させる、といった奏法や、手のひら、肘、腕などを用いて鳴らすクラスター奏法が登場しています。
特殊奏法にはその他にも
・弦に定規などを乗せて弾く
・弦を洗濯ばさみなどで挟んで弾く。
・楽器の主に外側(ふたなど)を叩く
・足で弾く、おでこで弾く
…といったさまざまなものがあって、なかには楽器の内部に特定の“仕掛け”を施して音を立てるものもあります。弦を直接バチで叩いたり、弦の上にハケや紙をのせて音をだしたり、何かの金属で弦をグリッサンドさせたり、といった“内部奏法”と呼ばれるものです。でも、これは楽器を傷める可能性がある(…というより、ピアノ弾きから言わせていただくなら楽器に何らかのダメージを来す)ので、ホールの利用規約に“内部奏法は禁ずる”と明記されることも珍しくなくなってきました。
となると、作曲家がどうしてもそういった効果音が欲しいときには、なるべく楽器の使用コード(?)に引っ掛からない範囲で面白く狙い通りの響きの得られる奏法を工夫することになるわけです(まぁ、自宅での演奏用、と決めてしまえば別かもしれませんが)。
今回はオーケストラのための作品なので、そういった特殊奏法があらゆる楽器に登場しています。例えば、弦楽器にはしばしば登場する、弓で弦を擦るスル・ポンティチェロや、弓の木の部分で弦を叩くようにして音をだすコル・レーニョ。のどちんこ(失礼!)を震わせながらロングトーンを吹くフルートのフラッターはもちろん、チューバが一瞬、低い音を“地声”とともに発したり…。びっくりするような音、おもしろい音が舞台のそこここから聞こえてきて、さながら音のおもちゃ箱(失礼!)のようです。
奏法だけではありません。拍子もめまぐるしく変わります。四分の17拍子、とか、四分の5拍子+16分の1拍子、
なんていう連続なのです。慣れない私にとっては緊張の連続ですが、いつも感心するのはオーケストラの人たちの読譜能力、演奏能力の高さです。
ほとんどの場合、どんな難曲(新曲?)でも、本番以外の練習は2日、多くて3日。しかも、初日でちゃんと最後まで通ってしまうのですから、オドロキです。まさに、天才集団!
よく、音楽に限らずモダンアートはよくその良さがわからない、という声を聞きます。確かに、時には私もどう受け止めたらよいものかわからなくて、クエスチョンマークで体がいっぱいになってしまうようなことも、あります。でも、基本的にアートは、どこをどう楽しもうが、自由。美術なら、ふつうなら調和なんてありえないような素材やスタイル感がコラージュされているのを、「へ~、そんな手もあるか」なんて、上から目線で面白がるもよし。奇抜で極端なメッセージをそのまま「うわー、これが文章だったらどんなに過激なことか!」なんて、想像するもよし。
現代音楽も同じです。「なんてサイケデリックな音なんだ~!?」「キレイじゃないけど、オモシロイ!」「こんなにも緊張感溢れる数秒間を過ごすのは、久しぶりかも」「え?いきなりその展開?」などなど、聞きどころ、楽しみどころはなんでもいいのです。決まりは一切なし。正しく理解しているのかしら、なんて気にする必要もなし。音と時間の織り成す世界にどっぷりと身を置いて、あっちにもっていかれたり、そっちに引きずり回されたり…と、思う存分戯れてしまえば、それでいいと思うのです。
まだまだ厳しい残暑が続いていますが、たまには現代アートに身を任せて、自分の“感覚”に刺激を与えたり、呼び覚ましてみたりするのもいいかもしれません。
あ、ちなみに明日の作品のタイトルは『ハラキリ乙女』。暑気払いにも効果的かも…!?