第580回 “おうちdeバカンス”レポート

かくして二週間ほど前に「“おうちバカンス”を慣行するぞ!」と、公言(?)したわけですが、さて、その後どうなったのか?

地元のお祭や花火大会を堪能したり、じっくり本を読んだり、友人と夕涼みしながらだらだらおしゃべりをしたり…と、それなりにのんびりと夏を楽しんでいるのですが、当初のイメージどおりになっていないのはピアノの練習です。

日中外に出れば灼熱地獄だし、8月にも演奏のお仕事が入っていることもあって、結局レッスン室にいる時間はいつものまま。それどころか、気持ちに余裕があるからか、今まで譜読みしたことがなかった作品をあれこれ引っ張り出しては弾いてみたりと、むしろいつも以上にピアノに向かっている気がします。

結局なんのかんの言っても日本人…。なかなか欧米人のようにバカンスを謳歌すというわけにはいかないようです。つまりは、やはり非日常を味わうことは非日常的空間に身を置かないと難しい、という、もっとも当たり前にしてつまらない結論に至ったのでした。

一方で、意外なところで収穫がありました。第578回のエッセイで『バカンス特典』の最後に掲げた“毎日一時間ほどは、テレビもつけず、本も読まず、音楽も聴かず、ただ「ぼ~っ」としてみる”の部分で、案外よい成果が上がっているのです。「ぼ~っ」のおかげで、日常のささいなことが愛おしくかんじられたり、やってみたいことや行ってみたい場所を思いついてそのことに心を奪われたり、と、おもしろい効果があがっているようなのです。

例えば、近所に仕事とは無関係だけどお互いによい刺激を受け合える気のおけない仲間がいること。ふるさとに帰ったり、家族旅行に出かけたときにも私を思い出してくれ、お土産を買ってきてくれるかわいい生徒さん。美味しいものや楽しい時間を味わうことができる好きなお店があること。半定期的に会って親交を温めあえる、仙台の女子高時代の同窓生とのかけがえのない時間。

弾いても弾いても飽きることのない楽器と向き合って、大好きな音楽に触れて生きている自分の人生。厳しい暑さに多少はくじけそうになっても毎日三食必ず頂かないと気が(胃が?)すまない健康な体をもっていることや、離れてはいるけれど、夫婦仲良く(…と、いうことにしておこう)元気に過ごしている両親がいること。

地上での短い“生”を謳歌しようと全力で絶叫しているセミたちの声にふと目ざめたり、とても美しい夕焼けのあとに、一日のご褒美のような涼しい風を感じた瞬間の心地よさ。虫かごやアミを片手に、もう片方の手をお互いにつないでそぞろ歩く兄弟の、昔から変わらない微笑ましい後姿。

夕方、ランニングにステテコ姿で庭木に水をやっているおじいさんと目が合って、思わずあいさつの言葉を交わしてちょっと嬉しい気持ちになったり、しばらく田舎のおばあちゃんのところに行っていたので、思うような練習ができなかったことを気にかけて、不安そうな表情でやってきた生徒さんが、レッスンを終えて帰る頃にはすっかりいつものように元気になって、玄関でおしゃべりがなかなか止まらなくなったり。

一日の終わりに、ぼ~っとその日に見たもの、感じたことを振り返ってみると、一見平凡に思われる日々にもたくさんのステキな映像や音、感謝したい人たちやことがらにあふれていることを再認識できるのです。

そればかりか、次のリサイタルの曲目や進行についてのアイディアも、むくむくと沸いてきます。そうこうしているうちに、バカンスというものは、楽しみを見つけ、それを体いっぱいに感じ、感謝することができる人間本来のポジティブなちからを蘇生させ、再確認するためにとても大切なものなのかもしれない、と思われてきました。そして、とうとう“ホンモノの”バカンスに出かけたくなってしまいました。

こんなとき、行ってみたいところは山ほどあるので絞り込むのはいつも大変なのですが、今回は心の赴くままに“深い歴史を持ち、おいしいものと美しい景色を堪能でき、かつ、行ったことのない旧東欧圏の国”にいこうと、決めました。留学時代には内戦でとても足を踏み入れることができなかった、クロアチアという国が頭によぎりました。

海外旅行はなるべく、バカンス期を外して行くことにしています。観光客ばかりでごった返す時期とは違う、普段の街の表情に出会いたいからです。

かくして、来る10月に、移動時間片道約二日というハードなフライトスケジュールではありますが航空券を確保し、10日ほどのバカンス期ではない時期の“バカンス”を過ごすことにしました。

「わたしたちのバカンスの一番のクライマックスはね、バカンスの終わりの帰り道で、“さて、次回のバカンスはどこにいく?”って話しあうときなのよ」。以前あるフランス人が、ウインクしながら話していたのを思い出しました。

私の“おうちバカンス”も後半に差し掛かってきました。これから、クロアチアで滞在する町はどこにするか、国内の移動手段の検討や、国の歴史や国立公園についてのお勉強、最高の宿の選定などを、じっくり行なっていきます。そうそう、最小限のクロアチア語も叩き込まなくっちゃ…。

バカンスのおたのしみは、無限(!)です。

2012年08月17日

« 第579回 五輪雑考 | 目次 | 第581回 特殊奏法あれこれ »

Home