第579回 五輪雑考
連日、テレビや新聞…日本のたくさんの人たちをにぎわせている、ロンドンオリンピック。時差もなんのその、熱心に応援している友人もいます。代表選手の方々の気合いと魂のこもった戦いぶりには本当に力づけられます。闘い終えたどの選手にも、同じように「ありがとう」「お疲れさま」とお伝えしたい気持ちです。
一方で、どうしても心に引っ掛かってしまうこともあります。例えば、今朝の号外。出社時にY紙の号外を受け取った友人は、その「サッカー女子銀、レスリング55キロ級金」という扱いの順番に「挟みこみは、金→銀、の順であるべきでは?」との疑問をつぶやいていました(*ちなみに、M紙は逆の挟み)。同感です。
確かに、女子サッカーチームは素晴らしい!いまや“なでしこ”は流行語大賞級の国民的な合言葉になっていますし、多くの人の関心の中心にあります。でも、それを言うなら今の時点で日本の金メダルの半分をとっている女子レスリングの健闘は、ド級の快挙ではないでしょうか?ものすごいことです。
しかも、です。吉田選手はオリンピックの旗手は金メダルを取れない、というジンクスに打ち勝っての金でしたし、青森出身の小原選手、伊調両選手にいたっては日本人女子選手として初めてのオリンピック3連覇という、信じられないような功績をあげたのです。
マスメディアが、社会の、あるいは人々の関心ごとや興味、人気などに少なからず左右される部分があるのは今に始まったことではありませんし、いちいち引っ掛かっていてもいられないとは思うのですが、例えば五輪直前にカナダで行なわれたソフトボール選手権で日本が強豪アメリカを制して優勝したときも、そのあまりの扱いの小ささに戸惑いを感じました。
メダルの数やその色、成績に、人々の一喜一憂をうながすのなら、よい成績をとった選手たちには相応の栄光を味わってもらいたいし、その種目への関心をひろく喚起してもらいたい。当の本人たちは、そんなことを望んではいないとは思うけれど、「めざせ金!」と掛け声をかけてきたのなら、結果を出した選手たちをもっと労ってもらいたい。できれば、彼らがその種目を引退した後も…(企業ではなく国家が彼らの老後を保証する、という国も、あります)。
オリンピック自体にも、「?」と、感じることがあります。例えば今大会の会期について。頻繁に報道されてはいることですが、この時期は世界人口の4分の一近くを占め、地球上にもっとも多いともいわれているムスリム(イスラム教徒)の人たちにとっての、ラマダンといわれる断食にあたる時期です。
オリンピック中であろうが試合があろうが、彼らは敬虔にそれを守ります。つまり、陽が登っているあいだは、食べ物はもちろん、水すら飲まないのです。モロッコのサッカー代表の監督は「選手は信仰に厳格。試合中も、全員がいつも通りラマダンを行う」と話していましたが、そうなると今の日の長いグラスゴーでは、日の出の午前3時半から午後の9時半までの長い時間、水も飲めないことになります。言うまでもなく、不利です。イスラム教徒国家は、当然国際オリンピック委員会(IOC)に対して「フェアではない」として、ラマダンとオリンピックの日程が重ならないように働きかけてきたそうですが、受け入れられませんでした。
とはいえ、もともとラマダンには柔軟性もあります。妊産婦や病人、乳幼児など、事情がある場合は断食が免除されるほか、旅行者も除外の対象となるので、今回のロンドンオリンピック参加を“旅行中”と解釈して、ラマダンから逃れるという考え方もあるのです。でも、その決断については個人の信仰心の問題。敬虔な選手は、ラマダンは、ハンディばかりではない、何かしらのよい結果をもたらすはず、と信じて、厳しい規律を守りつつたたかっています。
スポーツはそれ自体、とてもよいものです。でも、スポーツマンシップ、という言葉があるように、それらは公平なルールにのっとって健全な精神で挑む人たちによってフェアにたたかわれ、正当な結果が得られるからこそ、意味があるのだと思います。
「世界の頂点」。実況アナウンサーは一番高い表彰台をこう呼びますが、その“世界”とは何を意味しているのでしょうか。被災して思うような練習ができず、チャンスをつかめなかった選手や団体もあれば、経済的な理由で参加を断念したケースもあります。特定の競技では優秀な監督やコーチをつけるのに莫大な費用がかかり、大きな企業のスポンサーなしに他の強豪と肩を並べるのは不可能、とも聞きます。「世界の頂点」「世界一」というフレーズを聞くたび、「参加した選手たちのなかで…」と、小さな声で付け加えています。
素晴らしいファイトで厳しい練習を乗り越え、襲いかかってくるプレッシャーを跳ねのけて試合を全うした選手の姿は、それだけで清々しく、尊いものです。勝ち負けや順位なんて、もうどうでもいいような気持ちになってきます。
ロンドンオリンピックも、まもなく閉幕です。熱狂の祭のあとに豊かな実りの秋がきてくれることを、願っています。