第570回 ドキドキダイビングレポート 其の一
周囲にいくつもの趣味を持つ方がいらっしゃいます。お話を伺うと、それぞれに違った楽しみがあるようですし、同じ趣味仲間の輪も広がるようで、とても楽しそう…。でも私はというと、子どもの頃から今に至るまで趣味は(仕事も!)ピアノだけ。しかもピアノはオーケストラやブラスバンドと違って独りの世界ですから、人との交流も同じ門下生同士で少しある程度でした。
それでも、ものごころついた頃から趣味も専門もピアノひとすじ数十年。その他にあえての趣味を持つ必要も感じないほど大好きですし、飽きることはありません。フラメンコやヨガなど、ちらちらと他に趣味らしいものにトライしてみたこともありますが、どれもピアノほどピンときませんでした。きっと他の人よりも単純な仕様なのでしょう。
とはいえ、ピアノが趣味とはいってもそこはプロのはしくれ。オフの時にはピアノ音楽を聴きたくないことも多々あります。どうしても“聞き”流すことができず、全身全霊で“聴き”込んでしまい、リラックスできないのです。
町を歩いていて、あるいはお店の中で不審な(失礼!)演奏が聞こえてこようものなら、全身を耳にして聴き入り、「え?ここでそんなルバートかけるの?これはあまりよろしくないな」「あら、これ、どのエディション(版)かしら。音が違っている…。それとも奏者の判断?」などなど、気になって仕方ありません。ほとんど職業病です。せっかくほっとひと息つこうと入った呑み屋さんでもしピアノの演奏が流れていようものなら(幸い、そんな呑み屋さんは少ないですが…)、オフになっていたお仕事スイッチが一気にオンになり、お酒の味わいが落ちてしまいます。
そんな私が、縁あって40代後半にして初めてダイビングに挑戦することになりました。海は子どもの頃から苦手意識が強く、浅瀬で遊ぶ以外にほとんどなじみがありませんでしたし、25メートルを泳ぐのがやっとなスキルしかもっていないのに、です。
海が苦手だったのは、子どもの頃、その波の音の迫力に驚いて、砂浜に降り立つことすらできなくなるほどの恐怖を感じたことがまずひとつ。ほかにも、海水が口に入ったときのしょっぱさが衝撃的だったことや、海の生き物のヌルっとしたテクスチャーが苦手で、肌に触れると“ぞわーっ”とすること(妹に、ヒトデを片手に追いかけられた苦い思い出もトラウマになっている?)など、いろいろな理由からです。大人になってからは、さすがにそこまでの苦手意識は払拭されたものの、自分の中で「山は登るもの。海は見るもの」と、決めていたところがあります。
それでも、どこかに憧れはありました。海の中には、本当に映像で見るような別世界があるのかしら。だとしたら、一度でいいからこの目でみてみたい…と。
昨年は、周囲にたくさんいるマラソンランナーの皆さんに「走ってみようよ!」と誘ってもらいなんとなくランニングを始めましたが、今年は周囲にダイバーが何人かいて、彼らと話しているうちに「潜ってみようよ!」という流れになったのでした。
というと、私がいかにも二つ返事で軽く即決したようですが、さにあらず。ピアニストという職業で生きていくことに神経を尖らせて、手や足を怪我しないようできるかぎりスポーツは自粛してきた私のことです。いろいろな心配が頭をよぎりました。「うっかりウツボのようなものを触って怒らせて、指をかまれたらどうしよう」「耳抜きがうまくできなくて鼓膜をやられたらどうしよう」「水圧に負けて、減圧症になってしまったらどうしよう」…実は人一倍臆病にして慎重な私の頭の中は、いろんな「どうしよう」でいっぱいになりました。
でも、石垣島で潜ろう、という話になったとたん、ぐらぐらしていた気持ちが落ち着き、腹が据わりました。石垣島は、いつか訪れてみたい、と以前から夢みていた地です。その海の美しさは、さすがの海が苦手な私もしばしば目にしては憧れていました。同行してくれる友人は海外でもダイビングを経験し、ライセンスももっているとのこと。これは心強い。またとないチャンスです。
かくして5月28日。石垣島の埠頭から、小型船で川平方面のダイビングポイントへと出発したのでした。スタッフ数名と、他のダイバーの方々で計10名。私以外は皆さんライセンス保持者でした。この日の石垣島は梅雨らしく、しとしとと小雨が降っていましたが、波はとても穏やかでした。