第561回 ドレスへの夢

「演奏はもちろんなのですが、お衣装も毎回、楽しみにしているんですよ」…そんなふうにおっしゃって下さるファンの方の声に少しでもこたえようと、ステージ衣装を新調するときには気合が入ります。

その際、普段の洋服選びと意識的に変えているのは、まず、そのドレスの値段をなるべく最後まで見ないこと。実は、いつも最初につい、タグを引っ張り出して値段をみてしまう私にとって、これはかなり勇気のいることなのですが、つとめてそうするようにしています。「この値段の割りにはいいかも…」などという掛け値なしに、自分やステージで演奏する曲、あるいはその会場の雰囲気にマッチしているかどうかをシビアにチェックしたい、というのが第一のねらい。第二のねらいは店員さんへの気配り(見栄ではなく…)です。

それは、私が本当にドレスが好きだということや、値段はさておき(ちょっとウソですが)、自分のイメージに合うものを本気でさがしているのです、ということを店員さんに伝えるためです。だって、私が弾く方のプロなら、彼女たち(時として、「彼」)は、服飾や販売のプロ。よいアドバイスをいただけたほうが間違いなく得ですし、もっとも適切なプロのアドバイスを頂くためには、カスタマーである私の方も、彼らに好感を持っていただけるようなある程度のマナーが必要だと思うのです。

ですから、そんなときにはなるべくいつもの私らしくもカジュアルすぎず、ある程度きちんとした…例えば、そのままフレンチレストランのコース料理を頂きにいける程度の…ファッションで出かけるようにしていますし、店員さんにはこちらが「買わせていただく」「選ぶのを手伝っていただく」という立場での丁寧な言葉遣いと態度を心がけています。そうやって納得のいくものに出会え、よい買い物ができたときは、まるでコンサートが一歩、成功に近づいたような気持ちになって嬉しくなりますし、次にそのお店に行ったときに「鈴木さま、こんにちは!」と、名前で呼んでいただいたりすると、なお感激です。

それは、レストランに行くときにも、ひそかに意識していることです。たとえば、極力事前に予約の連絡を入れるようにしますし、よほどの常連じゃないかぎりは店員さんにはきちんと敬語でお話します。もしそれがフランスなら「お願いしますね、ムッシュー」とか、「以上です、マダム」など、なるべく敬称(?)を入れるようにします。外国で、たまに日本の立派な紳士が「水!」「ビールおかわり!」などと、離れた場所にいる店員さんに大きな声で注文しているのを目にすると、内心、ちょっとがっかりしてしまいます(ちなみに、正しくは遠くにいる店員さんにはまず、「すみません」と呼びかけ、近くに来てもらってから注文するのがマナー)。もちろん、ご当人には何も言いませんが。

テーブルマナーだけでなく、そのお店にとってのよいお客になるようお店側にも配慮をして、「この場所を楽しんでいますよ」「あなたのお店に敬意を払っていますよ」ということを伝えるのも、立派なマナーだと思っていますし、そうしていると気のせいか、よい接客をしていただけるような気がしています。

おっとっと、話がそれてしまいました。ドレスのお話をもう少し。

イブニングドレスは子供の頃から憧れでした。小学生の頃、晩餐会の様子をテレビで見てその豪華な料理に目を輝かせ「あれが食べたい!どんな人があれを食べるられるの?」と母に尋ね、「えらい政治家の奥さんになったら食べられるかもね」と聞いたとたんに「あたし、政治家の奥さんになる!」と言い放ったわが妹を横目に、当時はなぜかいまのように食い意地が張っていなかった私は、彼女たちのドレスに目を奪われていました。

それは、ドレスそのものへの憧れであると同時に、舞踏会、晩餐会、演奏会やオペラに、結婚式…。イブニングドレスがふさわしい“文化的な場”に対する憧れでもありました。母が私にワンピースやステージドレスを縫ってくれた折も、仮縫いや最後の裾あげのときに「美奈子ちゃん、ゆっくりその場で一回転まわってみせて」と、裾のラインをチェックしてもらいながら、心の中でひそかに、オートクチュールの贅沢さに浸っていたものでした。

もう20年以上も前のものなのに、どうしても棄てられない一冊の雑誌があります。文化出版局の『hi fashion』4月号です。もちろん今は廃刊になってしまっていますが、その内容の濃さ、写真の美しさは、今見なおしても秀逸です。

例えば、16ページにも及ぶ「シャネルとシネマ」についての専門家の対談と秘蔵写真(字が非常に小さいので、記事は今の同ページ数の数倍のボリューム!)。60ページ以上の紙面を使ってのメイン特集“オーストリー・ハンガリー帝国への旅1991”では、ハンガリー世紀末のレヒネルの「魔法の建築」についてや、ハプスブルグの美学、ウィーンのカフェ事情、ウィーンにおける20世紀末アバンギャルドについてや、ウィーン出身のデザイナー、ヘルムート・ラングの工房を訪ねてのレポートなど、グラビアだけでなくあらゆる角度から文化としてのファッションを浮き彫りにしています。その他、文化とモードについてのコラムや、横尾忠則氏のエッセイなど、千円以下の雑誌とは思えない読みごたえなのです。

アートもファッションもデザインも、自分の感性を試し、それを遊ぶのにはうってつけのツールです。肩肘張らず、生活の中にそれらをもっととり入れ、親しんでいきたいものです。

最後に、そんな私の小さなこだわりをこっそりご紹介すると…。お花見に行くときには、そのお花の色の洋服は着ないで全体的にあまり色のないもの(それこそ、ヘルムート・ラングじゃないけど、モノトーン、ベージュ、グレーなどを基調に…)を、纏うようにしています。美しい花の色を、自分も自分の洋服も一緒になって、惚れ惚れと味わいたい気持ちからです。

2012年03月23日

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