第556回 「恋」のあとさき
昨年から何ヶ月も経て計画し、構想を練ってきた25周年記念にして復興支援のリサイタル“ソナタに恋して”は、8日の仙台公演、14日の東京公演ともに、満員のお客さまに恵まれて終えることができました。
もちろん自分の演奏に満足できるわけはなく、また、興行としていろいろな不手際や配慮、準備の足りなかった部分に対する反省も多々あります。でも、とにかく終わりました。
「真剣に楽しんで、特別なものにしましょう!」と、リサイタルのプレゼントのアイディアに共感し、協力を申し出てくださったカフェふくろうの黒沢マスターご夫妻(カフェふくろうのブログでも、リサイタルの詳細をご紹介くださっていました)。話し合いを重ねて、キャラクターを書きあげてくださったイラストレーターのoba(小畑)さん。私の意向やプログラムのすべてを熟知し、考慮して、何度も何度も…また、何通りものパターンを提示してはそのコンセプトを伝えてくださって、過去最高のフライヤー(チラシ)をデザインしてくださった空間デザイナーの筒井さん。当日の受付を、私の意向に賛同するので、ボランティアで関わらせてください、とおっしゃってくださった、接客のプロフェッショナルで友人のY子さん。
是非、一緒に復興支援の協力をさせてもらいたい、と、チケットをたくさん買い取ってくださった宮城県岩沼市のさとう純クリニックの佐藤院長ご夫妻。落語会で快くフライヤーを配布させてくださった丸花亭のご主人。フライヤーを置かせてくださったショップのオーナーさんたち…。
みんなに声をかけて集まってくれた高校時代の同窓生。会社の有給をとって遠くから駆けつけてくださったファンの方々。小さなお子さんをわざわざベビーシッターさんに預けて来てくれた友人。…
こんなにもたくさんの素晴らしい人たちに支えていただいているのだ、と思うと、それだけでも胸がいっぱいになります。しかも、今回はいつもにも増して多くの方から感想をお寄せいただきました。
「(私の)人柄があらゆる面に行き届いていて、素晴らしいリサイタルでした」「“熱情”良かったなぁ。美奈ちゃんの熱い愛情がビンビン伝わってきましたよ」「“愛情”と一言で言っても、激しさ・暖かさ・切なさ・迷 い・恐れなど、本当にいろいろあるんですね」「美奈子さんの深い想いに、みんなが一緒に感動した夜でした」「シューマンが自分を語っているような“言葉”を感じて、とても心に響きました。初めて作曲家の“言葉”を感じることができたピアノでした」
アンコールのゴールドベルク変奏曲のアリアは、昨年亡くなった恩師林秀光先生の追悼として、弾きました。「バッハって、こんなによかったんだ…」「バッハのアリアが、天に立ち昇っていくようだった」お別れの時、先生の棺にバッハの平均律の第一巻、第二巻の楽譜が収められていたのを思い出すと、弾きながらつい、涙があふれてきます。
また、今回初めて私のピアノを聴いてくださった方から、後日お目にかかったときに「最後の音がまさに消えていく瞬間、“ああ、もっとこの音を聴いていたい。ずっと余韻が消えないでほしい…まだ終わらないでほしい”っていう気持ちでした」というコメントも頂きました。
演奏家という仕事をしていると、みなさんが思い思いに演奏を受け止めてくださって、感じたことを伝えてくださることほど嬉しいことはないのです。25年というと、私のこれまでの人生の半分以上。それほどの歳月を皆さんにこんなに温かく支えていただいて、感謝の言葉もありません。
リサイタル東京公演の翌々日16日の朝5時、私は最寄りの駅のプラットホームに立っていました。その日は弘前でのお仕事でした。コンクールの課題曲についてのレクチャーです。吹雪の中、帰りの飛行機は離陸に時間がかかってしまいましたが、往路では眼下に息をのむような美しさの岩出山と周辺の山々が冴え冴えと見えました。それは雪の白と、常緑樹の黒々とした深緑のおりなす、スケールの大きな水墨画さながらでした。
人の悲しみや苦しみ、放射能すらもがこの白く深い雪にすべて覆われ、包まれて、すっかり浄化されてしまったらいいのに…。そんな思いを抱いた次の瞬間、それがかなわぬことなのだと気づいて、ふとやりきれなさに襲われました。
様々な感情のおおきな揺らぎ、高揚感と、その終焉にやってきた寂しさ、切なさ。うん?なにかに似ているこれって、いったい何だったかしら?…そうです、まさに、「恋」の終わりです。
弘前から帰宅すると、リサイタルで頂いたたくさんの花たちがその優しい色と表情で「おかえり」と迎えてくれました。そうです。no rain, no rainbow!雨がなければ虹もない。…ここは「春、遠からじ」と、思うとしましょう!