第535回 先生は魔女?

「この間テレビで“電車での疲れない立ち方”、というのをやっていたので、試してみたんです。そうしたら、立っていても座っているのと同じくらい、疲れなくなって…」レッスン後、玄関で大人の生徒さんとしばしおしゃべりです。

「へぇ、それはすごい。ちなみに、どんな風に立つんです?」「頭はまっすぐ天をむいて、体の中心に軸を感じて、下半身をしめる…みたいな感じです」「あら?それ、わたしがレッスンでいつも皆さんにお話している、楽器の基本姿勢に通じるものじゃありません?立ち方、ではなく座り方、ではあるけど…」「あ、そういえばそうですね!」

「でも、それで疲れなくなるなんて…やっぱりほら、いつもお話しするように、姿勢や体の使い方ってピアノだけでなく何事においても大切ってことなんですよ、ね!」「う~ん、なるほど。共通することなんですね」「わたしなんてほら、いつも元気でしょ?そういえばこのところ、あまり疲れって感じたことないの」わたしのこの発言に、生徒さん、すごい!と感心した表情に。

慌てて、「いえいえ、それがね、ちがうんです。考えてみたらわたし、疲れるような過酷なお仕事、していなかったの。なあんにも!(笑)せいぜい3~4時間お稽古するくらいで、疲れるほど働いてなかいから疲れないだけって気づいちゃって…。もう、がっかりだと思いません?」思わず、あはは、と、二人して声を出して笑ってしまいました。その後、生徒さんがふと真顔にもどって「先生、好きなことをお仕事にしていらっしゃるからこそですよ。素敵ですね」

その生徒さんは、お母様の介護のため一時レッスンをお休みになっていたのですが、またレッスンにいらっしゃるようになりました。「これからは、定期的に来たいんです」とおっしゃってくださって、とても嬉しいことです。

そうそう、ある小さな生徒さんは、美奈子先生は魔法が使えるのかと思ってくれているようなのです。なぜなら、お家でお稽古してもできなかったことが、レッスンでたちどころにできるようになるから。(これは大人の生徒さんも同じで、よく「あら、何でわたし、今できたのかしら?家では全然できなかったのに…」と驚ろいてくださいます)

上手にできた生徒さんに、「ほ~ら、ね。先生、ウソつかなかったでしょ?ちゃんとできたでしょ?」今わたし、ちょっと鼻の穴がふくらんでるかも、と思いつつ、ここでキメ台詞「何でできたかわかる?先生、魔法を使ったの。美奈子先生マジック!」馬鹿バカしい、と思うなかれ。病は気から。成功も気から。

目を輝かせる生徒さんに、「魔法、きいたでしょ?」「うん!」「でもね、シンデレラのカボチャの馬車みたいに、魔法って効き目が解けるときが来るの。その前に、ちゃんと自分でお稽古しないと、ホンモノにはならないのよ。本当に手に入らないの。だから今の感じ、忘れないうちにお家でお稽古して思い出してね」「はい!」

それができない理由はさまざま。音型がしっかり頭に入っていないから、という時もあれば、体のどこかに余計な力が入っているから、という時もあれば、指の用い方やタッチ、フィンガリング(指使い)が適正ではないから、イメージ不足、などなど。

でも、拝見すれば今、その生徒さんにとって何が理由で弾けない状態になっているのか、どうすればそれが解決するのか、はほぼ見極められます。見極められれば、適切な指示(処置)をする自信があります。で、だいたいはその場で解決できるのです。(自分のこととなると、困ったことにこれがなかなか分からないのですが…)そう。「気から」だけではなく、案外きちんとした根拠があるのです。

わたしは決して甘い先生ではないつもりです。自分だって、アーティストのはしくれ。天から与えられた才能を持つ素晴らしい作曲家が精魂をこめて書き上げた作品をいい加減に弾くことを推奨することは、とてもできません。
ですから、楽譜にある事実に対して誤っていることには「ちがう」と、はっきり申し上げます。

いっぽう、その方がとてもいいアプローチ(表現)をしたり、わたしのアドバイスに対していいレスポンス(反応)があったときには、大きな声で「そう!」と言います。

もちろん、わたしは「そう!(That's it!)」の方が好き。だって、「そう!」って言った直後からもっと生き生きとして、さらによい演奏になることが多いんですもの。

「もっと小さいうちに、美奈子先生に出会っていたかったです」「このあともずっと、体が動くかぎりピアノを習い続けたい」…そんな生徒さんの言葉に、どんなに励まされるていることでしょう。ありがとうございます、という気持ちで心がいっぱいになります。同時に、音楽が皆さんに、自信と幸せをもたらしますように、と、祈りたくなります。

レッスンの後、皆さんが明るい表情でお帰りになるのを見送るのが、大好きです。それが生きがいと言えるかもしれません。

2011年08月26日

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