第523回 いろいろな、こんにちは
自家焙煎のおいしいコーヒーがゆっくり楽しめる大好きな喫茶店で、しばしばマスターと外国談義に花が咲きます(花が咲く、を通り越して、白熱してしまうことも…)。それぞれの国で好まれるコーヒーの傾向、国民性と気候の関わりについて、そして、必ずしも一致しない民族と国境のボーダーについてや、それにともなう言語の傾向について、などなど…。
例えば、同じドイツ語を話すドイツとオーストリアですが、「こんにちは」という基本的な言葉から異なります。ドイツの「グーテン・ターク!」は直訳すると“良い一日を!”ですが、オーストリアの「グリュス・ゴット!」は“神のご加護を!”。ドイツ語で特徴的なCHの発音も、二つの国ではっきりと異なりますし、またそれがスイスのドイツ語圏になるとさらに多様になってきます。
フランス語、スペイン語、イタリア語…「こんにちは」はだいたい“良い一日を!”という意味の国がほとんどのなかにあって、私はちょっとハプスブルグの匂いがするオーストリア流が好きでした。
ちなみに、ハンガリー語の「こんにちは」は、「ヨー・ナポート・キバーノク!」とても不思議な語感ですよね。こちらは直訳すると“あなたに(キバーノク)善き一日を(ヨー・ナポート)!”となります。
「ヨー・ナポート!」と、“あなたに”の部分を省略する場合もありますし、他にも「ケゼト・チョコロン!」という挨拶があります。こちらは、男性から女性、あるいは年下のものが目上の方に対して使う言葉で、“お手に(ケゼト)キスを(チョコロン)!”という意味。こちらも「チョコロン!」と、“キスを!”の部分だけ使われたりもします。なんだか可愛らしい響きだし、ちょっとクラシックな、古き良き時代を感じさせるこの挨拶が好きで、私はよくお掃除のおばさんに言っていました。おばさんは、それまでムスっとしていても目が合うとにっこり笑ってくれたり、時にはウインクしてくれたりしましたっけ。
面白かったのは、中国語。あれ?「ニー・ハオ!」でしょ?と、思われるかもしれませんが、これは聞くところによると、親しい間柄ではあまり使われない、少々堅苦しい(?)ニュアンスの挨拶なのだそうです。日本語にすると、はじめまして、とか、ごきげんいかがですか?のような感じでしょうか。では、親しい間柄ではどう挨拶するの?と、聞いたら、なにやら聞いたことのないフレーズでした。その意味を聞くと、なんと「ごはん食べた?」なのだそうです。いかにも食べることを大切にする中国らしいなぁ、と、関心しました。
でも、一番すてきだなと思った「こんにちは」は、サンスクリット語の「ナマステ」です。
「あなたを(テ)尊びます(ナマス)」…インドには行ったことがないのですが、この言葉を言う時、彼らは必ず手を合わるのだそうです。ナマス、には受け入れる、祈る…様々な深い意味合いがあるといいます。
と、「こんにちは」についてだけでもいろいろ話が広がるのですが、これが食べものの話になるとさらに盛り上がります。国内外を問わず、地域性ってつくづく、面白いものです。クラシック音楽が好きなのは、それぞれの国の特徴が、作曲家のセンスをとおして音楽の中に色濃く染み込んでいるところに、心惹かれているからかもしれません。
演奏とは、その昔人の手によって作られた作品を、人の手で奏で、人に届けることです。しかも、電気の拡音に頼らずに、生の音で。まさに“ハンド・トゥー・ハンド(手から手へ)”。聴いて下さる方に向かって心を開き、音楽を通してお客さまとお互いに「あなたを尊重し、受け入れます」という気持ちを持ち合えたら、最高です。音楽って人間にとって、挨拶の握手のようなものなのかもしれません。
挨拶は、人と人とが出会うときのアイコンです。お国によってその特徴はいろいろですが、つねにその出会いに感謝して、心からの挨拶をしたいものです。これからも、たくさんの嬉しい「こんにちは」がありますように!
さて、ここで、突然ですがMINAの海外旅行ひとくちアドバイス。外国に行ったらどんな国であれ、挨拶だけはその国の言語でしてみてください(英語を使うのは、英語を母国語としている国だけにして)。必ず笑顔で返してくれますし、上手くするとステキなムッシュー(マダム?)が極上のウインクを添えてくれるかも!?