第517回 くぢら餅再発見!
震災後、初めて東北を訪れました。バスでやっと通行できるようになった東北自動車道を北上。那須塩原を越えて宮城県が近づくにつれて、どんどん路面がガタガタしてきました。
幸い実家は無事で、ライフラインも復旧してもとどおりの生活を取り戻しつつありましたが、場所によっては壊滅的なダメージを受けていて、そのあまりにも大きい津波の爪あとには驚きを禁じえません。見慣れた風景とは似ても似つかない、あたり一面何もなくなってしまった写真をみてショックをうけている私に「これでも、(瓦礫の山だった状態から)ようやく道路がみえてきたし、ずいぶん片付いたよ」という家族。被災地にとって、この一ヶ月間がどんなに大変なものだったことでしょう。
おとなりの山形県はそれほど大きな被害はなかったということでしたが、新幹線の不通や旅行などの自粛による経済的なダメージには、やはり深刻なものがあるようです。
山形県内の二箇所…新庄市、山形市で、ピアノの先生方を対象とした、コンクールの課題曲についての講座のお仕事がありました。早起きして街をお散歩…と称して、ご当地のおやつを物色するのが、秘かな楽しみです。新庄で、名物くぢら餅の老舗、竹美堂さんのお店に入ると、珍しくご主人の長倉さんがお店にでていらっしゃいました。「まだ朝早くて、人がきていないもんだから…いや~、震災の後、新幹線が止まってからというもの、ここの駅前だって人がほとんど歩いてねかったんだもの。」それでも、ようやくこの12日にやっと再開することになって、心底ホッとした、とおっしゃっていました。
「あら?まだ今日の分のミニサイズのくぢら餅は、できあがってないんですか?」「今蒸してて、あと20分くらいかな」「そうですか。じゃ、今日は何をいただいていこうかな…」ふと、ショーケースのどら焼きに目が留まりました。
ドラえもんか鈴木美奈子か、というくらい(?)、どら焼きには目がありません。カステラも餡も大好き、という人間にとって、どちらも堪能できるどら焼きは神さまです。バタどら(*『バターどら焼き』)のような変わりどら焼きもいろいろ試しているのですが、そんな私にすら初めての文字が目に飛び込んできました。
「“山ぶどうどら焼き”…?」「真室川のとこさ、山ぶどうの果樹園をやっている知り合いがいて、そこの原液を使ってるんです。いろいろ他のものもためしたけど、ここのが一番うまいんだな…ほら、これね」と、貴重なその原液を湯飲みに注いでくださいました。見るからにとろりと濃厚。美味しそう。「わ!これ、いただいていいんですか?なんとも、濃い色ですね」味わってみると、カベルネ・ソーヴィニヨンのようなしっかりしたタンニンと、それに負けない力強い酸、ぶどうの果実そのもののなんともいえない芳醇な香りと、野趣あふれる自然な甘みが「どうだ!」と迫ってきました。ひと言でいうと、“生命力溢れる味”でした。
「とても美味しい…すべてが力強いんですね。わたしはすごく好きです。」「だべ?味がきつくてだめだっていう人もいるから、あまりたくさんあげなかったんだけっども」「でも、これを餡に使うっていう発想がすばらしいですね。ほら、杏とかイチゴとかならよくあるけど、ぶどう、しかも山ぶどうなんて…!」「だって、これ使ってみてくれって、持ってくるんだもの」。ご主人は謙遜していらっしゃいましたが、このほかにも、山形産のラ・フランスや梅を使った素朴な和洋菓子を生み出されているのです。
竹美堂さんのくぢら餅には、黒砂糖、白砂糖、味噌味、しょうゆ味などの種類があります。「くぢら餅の味噌やしょうゆも、地元のものをお使いになっているんですか?」「んだよ。“黒糖”は、沖縄のだけど(笑)。使っている米も、山形の、ここらのもんだ」「いいですね…地場のものが結集しているんですね!」「地元のものさ使わないと、自慢できないもの。ほれ、これがくぢら餅になるの」
ご主人が、輝くばかりに美しくきめ細かい白い粉の入った袋を見せてくださいました。「うわあ~。なんてキレイなんでしょ!…あれ?これ、もち粉ですか?」「もち粉とうるち粉が、だいたい半々かな。」「こんなに細かく挽くんですね」「これは今朝、取引先の製粉所から届いたの。毎朝、その日に作る分だけもうして届けてもらうんだ。もうずうっと長いこと取引しているところでね。でないと、安心できなくて。粉の挽き方は季節や気候によって変わっから、“粉の顔見て挽け”といわれんだよ。まづ、米を水さ浸して、そのあと石臼で挽いて…。できたこの粉は、私たちは“はたき粉”っていうんだ。さらにこの状態からふるいにかけて、それから煉って蒸しあげるの。ふるいにかけた粉が上からササァ~っ、と降りてくるのは、それはそれはキレイなもんだよ」
くぢら餅は蒸したてが一番で、製造後は一日一日、風味が変わってしまう繊細な生菓子。ネット販売もしてはいるけど、発送すると最短でも翌日にはなってしまう。何日も経って固くなったものを温めずに食べて「おいしくない」と思われるのが、とても辛いと話していらっしゃいました。通常サイズのくぢら餅が蒸しあがるのは3時なので、この辺りのお客さまは、その時間に買いに来るそうです。
などとお話しているうちに、奥の作業場からタイマーの音が聞こえてきました。いつの間にか20分が経ってしまったのです。「あ、蒸しあがりですね。!わたし、お待ちしていますからどうぞ、上げてきてください」「あ、じゃ、ちょっとごめんね」蒸し器のふたを開けた瞬間が、それとわかるようななんともいい匂いが、一瞬お店にも漂ってきたような気がしました。
「ご主人は、何種類かあるくぢら餅の中で“これが一番!”っていう、お好きなものってありますか?」戻ってきたご主人を待ち構えて、気になっていたことを質問してみました。「う~ん、お客さんの好みもあるから、言いにくいね…」先ほどまであんなに雄弁(?)だったのに、ご主人の声が急に小さくなりました。「お客さまはいろいろ、とは思いますが、ご主人が個人的に一番思いいれがあるのって、どれです?」「それね、前、お客さんに聞かれて、自分の好きなの奨めたら、あとから怒られたんだ。『どうしてこれが一番うまいのか?』って」「え~っ?それはあんまりですよ~。私は、ぜったい怒らないから(笑)…」
ご主人は、どうしても教えてもらいたくて、ついしつこくなる私に折れて、ついに小さな声で教えてくれました。「私はね、“白砂糖”が好きなの。しょうゆ、味噌、黒砂糖って、風味が何もついていない一番単純なものだけど、本来、くぢら餅の香りは米の香りなのね。あっ!(大切な真実を)言っちゃった(笑)。だから、それが一番味わえるシンプルな白砂糖が、私は一番好き。」
それまで、くぢら餅はお土産用のお菓子というよりは毎日のおやつ、と思っていたのですが、こんなに手間や愛情をかけて作られたと知って感動でした。
山ぶどうどら焼きを包みながら「じゃ、これ、プレゼントするから、食べてみて」と、ご主人が出来上がったばかりのミニくぢら餅を、ぽんと袋にいれてくれました。もちろん“白砂糖”でした。触ってみると温かく、柔らかく、食べてみるとなるほど、ういろうともゆべしとも違う、もっちりとほどよい歯ごたえが楽しく、くるみの香りと一緒にお米本来の甘い香りが、ほわんと口に広がりました。
大和魂のような、地に足の着いた、滋味溢れる一口でした。