第516回 “民謡みたいなもの”
最近、友人が結婚しました。新郎も新婦も、友人です。二人に何かお祝いを贈りたいなぁ、と思っていたら、ふと、とある詩が思い浮かびました。作者は1924年山形県酒田市のお生まれで、高田三郎さんの合唱曲でも知られている吉野弘さん。学校の校歌もたくさん担当された方です。
思い浮かんだのは、吉野さんの詩集『風に吹くと』に収められている“祝婚歌”という詩です。最近は結婚式で朗読されることも多くなっているそうですが、本来著作権や版権があるのに、原文すべてを記載したり、読み上げたりしていいものなのかな、と気になっていました。
すると、最近読んだ茨木のり子さんの随筆などから、吉野さんご自身がこんなことをおっしゃっていたことが分かりました。
「『祝婚歌』は私の民謡みたいなものなんですから、この詩に限っては何のご心配もなく(お使い下さい)。民謡というのは、作詞者とか作曲者がわからなくとも、歌が面白ければ皆が歌ってくれるわけです。だから、作者の私の名前がなくとも、作品を喜んでもらえるという意味で、私は知らない間に民謡を一つ書いちゃったなと、そういう感覚なんです。民謡というのは、著作権料がいりません。 作者が不明ですからね。聞いてくださる方は、非常に良心的に聞いてくださるわけですね。だから,そういう著作権料というのは、ご心配はまったく要りません。」
ますます吉野さんが大好きになりました。民謡みたいな作品…なんて素敵な発想でしょう!二人の幸せを祈りつつ、また、いつか民謡みたいに皆が親しんでもらえる演奏ができるピアニストになりたいなぁ、という気持ちを込めて、吉野さんのお言葉に甘えてその全文をご紹介したいと思います。
祝婚歌
二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派過ぎないほうがいい
立派過ぎることは
長持ちしないことだと気づいているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうち どちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ 胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい