第505回 のんびりな抱負

年末年始、仙台の実家で過ごしました。雪も降らずに晴天が続いて、とてもおだやかな新年の幕開けでした。

10日ほどの間に、高校時代の同窓生数人が集まってゆっくりランチを頂いたり、高校の非常勤講師をしていた頃の教え子たちが集まって新年会を開いてくれたり、久しぶりに実家に家族全員が集まったり、と、楽しいプチ・イベントに恵まれました。仙台名物の初売りもひやかしたし本もいろいろ読めたし、いろんな人と親交を温めることもできて、充実した休暇になりました。

年の初めには、秘かに“今年のテーマ”をもくろむことにしています。ちなみに昨年のテーマは「七転び八起き」。初詣でひいたおみくじから啓示(?)をもらいました。うまくいかないことがあっても、諦めずに前を向いていこう、と、テーマに決めました。

今年のテーマは「のんびり味わう」です。食べ物だけでなく、音楽も、日々の生活も、自然のうつろいも、丁寧に味わえるような心の余裕を持ちたい、という気持ちをこめました。

私が日々接しているヨーロッパのクラシック音楽は、決して一朝一夕では出来上がらないものです。神様に選ばれた、溢れ出る才能の持ち主によって一つ一つ生み出され、長い年月によってじっくりと発酵食品のように熟成を重ねながら人々の手によって大切に育まれ、今日に継承されてきた、特別な作品たちばかりです。弾き手の私たちは、それらを焦ることなく、時間をかけて丁寧に練り上げていかなければ、よいものになりえません。

でも、特別なものはそれら芸術作品だけではありません。私たちが生きている時間そのものも、やはり神様に与えられた、特別な、掛け替えのないものです。大切に味わい、感謝しながら過ごさなければもったいない!

前回、バリ島を訪れた時に、現地の方がこんな話をしてくれました。「バリのヒンズー教はね、何よりも、“調和”を重んじるんだよ。ここでは特に、神、人、自然、の三つの調和が大切なものとされているんだ。例えば、僕たちは、毎日神様へのお供えを欠かさない。神様に守られ、自然の恵みを頂いて生きることができることに対する感謝の気持ちを、毎日の最初の食事…朝ごはんの時に、お供えをすることで神様に表現するんだよ。」

彼の話は、さらに続きます。「そのお供え、君も見たことがあるでしょう?門や塀、台の上に置かれたお供えと、地面に直接置いてあるお供え、両方あったでしょう?それぞれ意味が違うってことは、知ってる?“上”に置かれているのは、良い霊に対する感謝のお供えで、“下”に置かれているのは悪霊に対するものなんだ。良いものに対する感謝の気持ちをおろそかにすると、たとえ良いものも悪いものに転じかねない。一方、悪いものに対しても、きちんとそれを受け入れ、畏敬の気持ちをもってケアすることで、悪いものも良いものに転じることがある、と考えているからなんだ」

「僕たちは、輪廻転生やカルマの存在を信じているんだ。良いことも悪いことも、両方大切に受け止める…それが、人生を全うしていく上で、重要な心がけだとされているんだよ。だから、死も、それ自体、悪い、悲しいことではないという考えなんだ。命あるものには自然なことだし、その人の魂の新たな局面への旅立ちである、ということだからね。悪いことは死ではなく、調和がとれていないことさ。人や神様、自然とのつながりを感じないで、それらに感謝することなく、調和に逆らって生きることなんだよ。」

「人と人とのつながりももちろん大切なものだから、婚礼も、お葬式も、ここでは村の人々の手によって行なうんだ。葬儀屋や結婚式場などのビジネスに委ねるのではなく、ね。」

バリには、たとえそれが自分のものであっても、古い木を無断で伐採してはいけない、という法律もあるとのことです。結婚したら“必ず”子供を持つこと。もし子宝に恵まれなかったら、その時は里親になること。いずれの場合にも、子は親の面倒を死ぬまで見ること。それらは法で定められた義務なのだそうです。人を絶やすということは、先祖からの大切な遺伝子や、継承されてきた文化をも絶やすことになってしまうので、それはとても大切な決まりごとなのです。話を聞いているうちに、彼らがとても羨ましくなってきてしまいました。

そういえば、バリでは人々は皆、ゆったりと優雅に歩いていて、小走りや、早足で歩いている人はほとんど見かけませんでした。子供も大人も、目が合うと必ずにっこりと微笑んでくれるのも、印象的でした。

大切なもの、大切なこととは、何なのか。答えは難しくないはずなのに、目先だけの豊かさに気をとられ、日々の生活にばたばたと追われていては、つい見失ってしまいがちです。彼らのように、良いことも悪いことも前向きに受け入れ、さまざまな局面や出来事に対して、ばたばたと翻弄されないでじっくり向き合う…「のんびり味わう」が、今年の目標です。


2011年01月07日

« 第504回 何が欲しい? | 目次 | 第506回 睦月のひまわり »

Home