第473回 雄弁なる胎動
「ご主人さまも、お変わりない?」久しぶりにお会いした恩師H先生に尋ねられて、ハッとしました。「はい…多分…あの…」思わずしどろもどろになる私。「実は、5~6年ほど前からシングルに戻ったんです」「えっ!?」「す、すみません、先生にご報告申し上げていませんでしたよね」「いやいや…ああ、そう。うむ…そうだったの~」
今は退職され、自らを『末期高齢者』とお呼びになって周囲を和ませるH先生は、動揺されながらも「そうだったの~」と、柔らかくうなづくほかに、お説教じみたことや教訓めいたことは、ひとつもおっしゃいませんでした。
こんな時、私なら「まぁ、人生、いろいろあるものだよね」とか、「離婚も、昔と違って珍しくなくなってきたし。ある意味、前向きな出発なんじゃないかな」なんて、つい、利いたふうなことを言ってしまうことでしょう。そういう時に何もおっしゃらない…というのは、簡単そうでなかなかできないことです。さすがH先生…と、改めて感服したのでした。
何もいわなくても、相手はわかっていることを、案外わかっていなかったりするところがあって、つい、説明を重ねたり、相手に説明を求めたりしてしまいがちです。もうちょっと、相手の立場になって考える気持ちの余裕が欲しい…と、願っていはいるのですが、なかなか成長できません。
でも、言葉が通じなくても、ちゃんと伝わることって確実にあるのだ、ということを、思い知らされた出来事がありました。
妊娠7ヶ月になる生徒さんのレッスン時のことです。レッスンの最後に、次にお稽古を始めていただく曲を聴いていただきました。「この曲は、生き生きとした、チロル地方の田舎風のダンスなんですよ。ほら、ここはちょっとヨーデルみたいでしょう?それにここらへんは、向き合って踊っていた男の子と女の子が、ちょっとかしこまってお辞儀をしあってる感じがしませんか?」
いつものように、ところどころ説明しながら弾くのを、その生徒さんは始終ニコニコと、とても楽しそうな表情を浮かべて聴いていました。そして、弾き終わった後、こんなことをおっしゃったのです。「今、美奈子先生が弾いていらっしゃる間ずっと、お腹のなかで(この子)、めちゃめちゃ動いていました!」
「え、本当ですか?わ~い、やった~っ!嬉しい!!」つい、大きな声を上げて喜んでしまいました。だって、産まれる前の子がお母さんのおなかの中で、私の奏でるピアノに合わせてチロルのダンスを踊ってくれたんですよ?どう考えても、すごいことです。それに、それって①その子は音楽が好きで、お母さんのピアノをいつも楽しく聞いている②その子には、ダンス音楽を聞くと自然に体が動く、という、ご機嫌な音楽的センスを持っている③私の弾いたものが、“踊れる”演奏…つまり、けっこう“いけてる”演奏だった!…ということに他ならないではありませんか!?うほほ!
私が彼女に説明した内容なんて知らなくても、その子はちゃんと踊りの音楽と理解して、踊ってくれたのです。なんて素敵なことでしょう。本来、人間には言葉を越えて感じたり感じあえたりすることがたくさんあるはずなのに、自分はどうも、言葉に捉われすぎたり、頼りすぎているのかもしれない…。その子は私に、言葉や説明ではなく、態度で(“動き”で?)、そのことを教え諭してくれたのです。
「自分の子供に、上手に本を読んであげられるお母さんになるためにNHKに入ったんですけど…」テレビ番組で、黒柳徹子さんが苦笑しながらおっしゃっていました。確かに黒柳さんはまだ、ご結婚もご出産もされていませんが、その代わりに、ユニセフなどを通じて世界中の子供たちと接するお仕事をこなしていらっしゃいます。
私も、自分の子供に、上手に…、じゃなくてもいいから、心のこもったピアノを聞かせてあげられるお母さんになれたら、どんなに幸せなことかしら、と、夢見ないこともありません。でも、こんなふうに音楽を介して人と関わりを持つことができる職業についていることは、もしかしたら、それに匹敵するくらいに幸せなことかもしれません。
「どうか、その子が無事、元気に産まれてきますように…、そして、ずっとずっと、音楽と友達でいてくれますように!」花冷えの雨のあい間の夜空に、輝く星を見つけた時、つい、声に出してそう唱えた私です。