第470回 お酒と音楽は人生の友
両親と、山形を旅行しました。旅行といっても一泊だけではありましたが、県境を越えただけでもなんとなく旅の気分になるものです。
もとはというと、今回の誕生日で古希を迎える母のお祝いに、前から一度訪れてみたかった宿での一泊をプレゼントしたのが始まりだったのですが、結局、父に車を出してもらって、往復の交通費も、移動のための労力も負担してもらった形になってしまいました。
山形というと、美味しいものには事欠きません。お蕎麦やお米、米沢牛にさくらんぼ、鯉のことこと煮やら各種お漬物、そしてそして、日本酒にワイン!米沢の蔵元、東光酒造さんを訪れ、蔵の見学をしたり、あちらは旧暦での一ヶ月遅いお雛様なので、貴重な古代雛を見せていただいたり、あれこれ試飲試食しながらお買い物を楽しんだりしました。
昼食は、東光酒造さん直営のレストランで、酒粕を使ったお料理を頂きました。お肉を柔らかくしたり、お漬物に深い風味をもたらしたりする酒粕は、“かす”と呼ぶのはあまりにも失礼な気がしてくるほど素晴らしい食材だと、改めて感じました。驚いたのは、酒粕のムースです。濃厚な日本酒の風味を持ちながらアルコールは一切感じさせず、口あたりは至極なめらかで甘みも程よく、まさに極上の一品でした。
その後、とある大手ワイナリーにも行ってみたのですが、こちらでは特に興味のあるものに出会えず、すんなりパス。それよりも、翌日宿のすぐ近くの酒井ワイナリーさんhttp://www.sakai-winery.jp/を訪れたのは、とてもよい思い出になりました。
酒井さんは以前からずっと気になっていたワイナリーで、創業はなんと明治25年。これは、宮沢賢治が産まれる4年も前から、ワインをつくっていたことになります。除草剤を使わないで、畑で羊を飼って草を食べてもらっていたり、濾過機を一切使わないノンフィルターワインにこだわっていたりと、今でも当時と変わらない製法で、家族経営で限られた種類と本数を作り続けています
さて、ワインを7種類ほど、試飲させていただきました。樽の香りが特徴的なもの、綺麗な酸と余韻があるもの…それぞれが、驚くほど個性豊かです。葡萄の種類やその混乗について、また、それぞれのワインの特長についてなど、現在の醸造家を務めている一平さんのお姉さんに、色々とお話を伺うことが出来ました。お話していて、気づいたことがあります。それは、彼女が「こちらは、暑くなってきた頃、ところてんのようなものによく合うと思います」「お刺身のようなものにでしたら、こちらのワインが…」「この赤は酸がへたらないのが面白くて、こってりした煮物なんかにいいと思います」というように、地元の人たちが普段、食べているようなものを例に挙げて、アドバイスしていることです。
ワインは西洋のものですから、ややもすると「こちらは、鹿とかキジ、ウサギといったジビエ料理によく合いますよ」「モンドールのようなチーズにはこちらがぴったりでしょう」のように、あちらの料理や食材をイメージして話してしまいがちです。でも、それでは地域に、そして一般に、日常的に親しんでもらうのはなかなか難しいものです。「食材や料理ありき、の、ワインですから」という彼女の言葉には、「ワインが特殊なものとして、ひとり歩きしてしまってほしくない。人々の食生活や、地域の食文化の中に根付き、人々に永く親しんでもらえるワインを作りたい」、という意志が感じ取れたのです。
彼女の話を聞きながら、“ワイン”に“クラシック音楽”を当てはめて、考えてしまいました。この頃はクラシックのコンサートも柔らかいスタイルで楽しめるものがずいぶん増えてきたとはいえ、まだまだ「おクラシックざます」のようなイメージが完全に払拭されたとはいえません。
酒井ワイナリーさんのワインづくりのように、手間ひまかけて丁寧に仕込むことを怠らず―――その結果、生産性を上げること(=たくさんのコンサートをこなすこと)は出来ないかもしれないけど―――聴いてくださった方に心底、楽しんでいただけるものをお出しできるように、そして、本当の意味で、皆さんの生活や人生に深く関わっていただける、良質な音楽を提供できる人になれるように、私も頑張ろう!…と、試飲でほろ酔い気分になりつつ、決意を新たにしたのでした。