第464回 春遠からじ、な一日
ある朝のこと。今まさに髪を洗おうと、お湯を出した直後に電話が鳴りました。
この時間に固定電話にかかってくるとは、さてはセールスか?と、勘ぐりつつお湯を止め、やや硬い声で「もしもし?」と応答すると、果たして電話の向こうのお相手は同じ桐朋学園のピアノ科同期の、友人Tちゃんでした。「おっはよ~!しばらく声を聞いていないけど、元気かな~と思って!」大学時代からすると、すでに20年ほどの歳月が流れていることになりますが、彼女のはずむように明るい声や話し方の印象は、以前からまったく変わりません(多分、会ったら会ったで、見た目の印象も変わっていない気がするのですが)。
実はその前日、彼女のことをふと思い出して、久しぶりにメールでも送ってみようかしらと考えていたところだったので、なんだか不思議なテレパシー(?)を感じてしまいました。お互いの近況を報告しあうこと数十分。途中、何度もケタケタと声を上げて笑いあいました。何年も会っていなくてもまったくブランクや違和感を感じないのは、四年間、寮生活を共にした親友同士の家族的絆ゆえなのか、あるいはお互いが変わって(成長して?)いないからなのか…?いずれにしても、心がふわ~っと軽くなったのを実感しつつ、受話器を置いたのでした。
その後、鼻歌まじりで髪を洗い、タオルを手に取った瞬間、またも電話が鳴りました。今度こそセールスか?…いいえ、やはり桐朋時代からの友人で、フルーティストのRちゃんでした。「あのね、特に用事はないんだけど、美奈ちゃん、元気かな~と思って!」彼女とは昨年末に会ったばかりでしたが、会うたびに時間を忘れて音楽の話やらガールズトーク(?)に夢中になってしまいます。この日もつい、いろいろな話で盛り上がって、受話器を置くころには、洗い髪が櫛でとかされることもないまま、完全に乾いてしまっていました。
それにしても、TちゃんにしてもRちゃんにしても、特別何があるというわけではないのに、こちらを気にかけて、折にふれて連絡してくれて、なんてありがたいことでしょう。感謝感謝。
ふと気づくと、すっかり乾いていたのは髪だけではなくて、洗顔したままになっている顔も、ひどく乾燥してしまった感じです。こりゃいかん、と、化粧水に手を伸ばしたその時、またまた電話が鳴りました。今度は携帯電話です。友人からではなく、青森の仕事でお世話になった楽器店の方からでした。「前回の、美奈子先生のコンクール課題曲によるコンサート、先生方、生徒さんやご家族の方々から大変ご好評いただきまして…。今度また6月頃に、リサイタルをお願いできないかと…」
主催者の方の要望や、どんなお客さまがいらっしゃるのかなど、お話を伺っているうちに、むくむくとイメージが広がってきます。こんなにたて続けに嬉しい電話を頂いて、なんて贅沢な一日でしょう!と、満足いっぱいの面持ちで電話を切った次の瞬間、リッチな気持ちとは裏腹に、顔がプアー(可哀そう)な状態に乾ききっていることに気づいて、慌てて化粧水を入れ込んだのですが、時すでに遅し…。なかなか乾燥が治まらず、お化粧が上手にのりません。
それでも悪戦苦闘の末、なんとか体裁を整えると、今度は地元の友人からメールが…。「お昼ごはん、食べにこない?」おお!なんて素晴らしいお誘い!!二つ返事でお受けしていそいそ身支度しながら、こんなご褒美みたいな日もあるんだなぁ、と、しみじみ幸せをかみしめてしまいました。
さて、寒い日が続いています。もう、ずっと春は来ないのではないか、という気持ちになってしまうのか、ウィーンではこの時期に自殺する人が多いと聞きました。ちなみに、音楽の都ウィーンを首都とするオーストリアは、かつて自殺大国だったのです。不名誉なことに、オーストリアに取って代わって、現在そのポジションにある日本は、12年連続で自殺者数が年間3万人を超えています。毎日100人弱の方が自殺していることになります。月別ではやはり3月が最多とのこと。政府もその予防のために策を講じているようですが、向こう3年間で100億円の予算を投じる、という数字がどのような成果に結びつくのかは、よく分かりません。
寒さも景気も厳しい毎日ですが、生きていればこんな幸せな一日もあるのだわ。できるだけ、前を向いていよう…と、思った私です。
冬来たりなば、春遠からじ。