第456回 年末雑考

実はこのエッセイの連載も、そろそろ10年目に突入しようとしているのです。いいえ、いつ始まったのか、正確に覚えていないので、ひょっとするとすでに10年目に入っているのかもしれません。始めた頃は、ごく軽い気持ちで書き始めたので、まさかこんなに長く続くことになるとは思ってもいませんでした。これもひとえに、お励まし下さった皆さまと、私のいい加減さのおかげ、と、心から感謝している次第です。

そう。もしも書くことやら文章やらにこだわりを持っていたら、こんなに続かなかったことでしょう。私の場合、この間に挫折をしなかったということは、「まぁ、ゆるゆる楽しんでいられればいいから…」という、いい加減な気持ちがあってこそだと自己分析しています。どんな具合にいい加減な気持ちかというと「書くプロではないのだから、文章が下手であたりまえ」「ここまで毎週書き続けていると、いくら気ままなひとり言とはいえ、前のネタが再登場することもあるかもしれないけど、自分が覚えていないくらいだから読者の皆さんも覚えていないのでは?ということにして、気にしない」などなど。厳格さがあっては、続かなかったことでしょう。

とはいえ、旅行中やらリサイタル直前でもない限り、ほとんど毎週、更新を怠らなかったところは、私にしては厳格な姿勢です。何かにつけて怠ってしまったら、すぐにサボり癖がついてしまう自分の性格をわかっていたので、どんなに下らない内容でもとにかく書いてしまおう、と心に決めていたのです。そう考えると、いい加減さと厳格さが絶妙なバランスで共存していたから続けられた、という見方もできるかも知れません。

そういえば、絶妙なバランス、というのは、よくワインにも使われるフレーズです。「ミネラルと酸のバランスが絶妙」とか「タンニンと甘さの絶妙なバランス」とか。ただ、ワインは大好きなのですが、ワインを語れば語るほど、美味しさの伝わり方が実際から離れてしまうような気がする時があるのです。言葉の難しいところです。

難しいといえば、強い個性を持った、単体で楽しめるワインになると、ややもすると合わせる食べ物が限られてしまいがちになるのも、難しい…。ワインとチーズはマリアージュ(結婚)の関係、といわれますが、実際にはすべてのチーズがすべてのワインにぴったりくるわけでもありません(フランスを旅したとき、あるムッシューが「僕は、熟成したロックフォールのような強いチーズは、ワインに合わせたくない」と語っていました)。何も高級なものではなくても、ワインには「明らかにこれは合わない!」という食べものが存在してしまうのです。しかもそれが、納豆やタラコなど、日本人が大好きな肴だったりするのです。

その点、日本酒は優秀です。日本酒には、日本の食べ物で「これは合わない!」というものがないのはもちろん、洋風のお料理も拒まない、懐の深さがあります(ただ、あまり極端にスパイシーなものは、合わない気がしますが)。日本酒は、素材や作り手の良さ、個性がきちんと生かされて、精緻な完成度をもつ、世界でも稀な飲み物なのではないでしょうか。洋食のテイストとも合う日本酒を頂いていると、よそのお国の文化を受け入れるのが得意な“日本人らしさ”が感じられて、楽しくなります。お酒にも、それぞれの国の国民性が反映されるところがあるのかもしれません。

むむ、いつの間にかまた、お酒について語ってしまっているではありませんか。『ピアニストのひとり言』のはずが、放っておくと『のん兵衛のひとり言』になってしまいそう…。近ごろ、「美奈子さんがこんなにお酒が好きだとは、知らなかったです…」というご意見やら「飲みすぎに気をつけなさい」というご忠告をよくお寄せいただくのですが、果敢にこんなことを書き続けているかいあって、飲み会へのお誘いをいただく機会には事欠かなく、今年も過ぎていこうとしています。ありがたいことです。

と、いくら年末だからといって、結局今年の最後のエッセイもお酒の話題…しかも、お酒への感謝で、終わってしまいそうな雰囲気になっています。いけないいけない。唐突な感は否めませんが、ここはひとつ、きちんと来年の抱負なんぞを語って、真面目に〆ることにします。

私の来年のテーマは「“ゆったり”と“ゆとり”をもって、心“ゆたか”に」(あれ?小学校の標語みたいですね。やはり、のん兵衛に抱負は似合わない?)。三つの言葉に共通する“ゆ”は、ちょっと欲張って「愉(ゆ:たのしみ)」「遊(ゆ:あそび)」「癒(ゆ:いやし)」にも展開します。何かをやり遂げるのは素晴らしいことだけど、あまり自分を追い込みすぎないで、日々を穏やかな気持ちで過ごす一年にできたらと思います。

え?「“休肝日を増やす”はないの?」ですって?なにとぞ、ご勘弁を!

2009年12月25日

« 第455回 終わりは、始まり | 目次 | 第457回 贅沢なひと時を »

Home