第437回 てくてく歩きのドイツ日記⑨ ~最終回~

5月26日。今日も朝からよく晴れている。日中は30℃を越える見込みだけど大気の状態が不安定で、午後から雨、または雷のところも。明日からはぐっと気温が下がるでしょう…、と、このくらいはニュースのドイツ語が聞き取れるようになった。

ミネラルウォーターの空ペットボトルを、例のスーパーマーケットに返却しに行く。返却口にはタバコの自動販売機くらいの大きさのマシンが設置してあって、ボトルを規定どおりの向きに入れるとマシンが自動的にその状態や大きさを判別し、戻ってくる金額が瞬時に液晶画面に提示されるのだが、その速さにびっくり…!25セント戻るようだが、「返金」と、リサイクルのための「寄付」のいずれかが選べるようになっている。「返金」を選んでみたら、これまた即座にレシートが発行された。なんてスピーディーで合理的なのだろう。それに、4本返せば1ユーロになるなんて、かなり大きい。さすが、エコ先進国。

今まですべて町の中は徒歩で移動していたのだけど、初めて公共の交通機関トラムを利用してグローサーガーデンに向かった。最後の日は、観光客のいない市民の憩いの場所で、ゆっくり散策をしようと考えたのだ。

グローサーガーデンはとっても気持ちのいいところだった。ファンシーなお花畑があるわけではないけれど、園内には可愛らしい小さな汽車が走っていて、大人も子供も利用している。かつての宮殿だったような建物も残された広大とした敷地は、30℃の炎天下、歩き回るにはちょっと広すぎたが、日焼けもいとわず歩きまわって、ベンチに座ってしばし休んで…。ドレスデンとの、そしてこの国との別れを惜しみつつ、のどかな空気を味わった。

ホテルに戻り、チェックアウトして、再びトラムに乗っていよいよドレスデン駅に向かう。途中、乗り換えがあるのだが、ドイツの都市では大体、所定の時間以内なら乗り換えのときに別のチケットは買わなくてもいいシステムになっている。乗り換えてからぼ~っと街を眺めていたら、どこからともなく背が高い、金髪青年が近づいてきて、声をかけられた。「失礼します。チケットを確認させていただいてもよろしいですか?」検札員だった。

ドイツでは、基本的に改札がない。バスやトラムも、乗客は運転手からチケットを買えないので、予め用意しておいて、乗り込んだあとに自動検察機に入れて、刻印することになっている。ドイツの検札員は、制服を着用せず、それと分からない普段着姿で発車間際に乗り物に乗り込み、「チケット拝見します!」と、乗客に大きな声で宣言をしてチェックする、と聞いていた。しかも、ものの本によると、ほとんどの場合検札員は、年配の主婦風な女性か、“おじさん”と書いてあった。主婦風でもおじさんでもない、うら若き青年が静かに後部座席(多分)に佇み、乗ってきてもチケットを自動検察機にいれない怪しい人物を見定めて、おもむろに近づいて検査する…という、この新たなパターンにちょっと動揺したが、考えてみたらたった二回しかチケットを買わなかったうちの一回をちゃんと検札してくれて、真面目に買った甲斐があったというものだ。

さて、ドレスデンの駅に着いた。来た時は、ひとつ手前のドレスデン北駅で下車したので、この駅は初めてだ。何か面白いものはないかしら…、と、物色してみると、片隅に“Marche(市場)”の文字を発見。なんだろうとおもったら、それはマルシェ、という名の夢のようなビュッフェ・レストランだった。温かいお料理やサラダ、スープやフレッシュ・ジュースなど、好きなものを選んで、プレートに自由に盛ることができる、日本でもおなじみのスタイル。私はサラダを選んで、この旅では食べられないだろうな、と思っていたコールラビ、セルリアックやアーティチョーク、黒マッシュルーム…そしてそして、白アスパラガスも、美味しく頂いた。最後にまた食べられたなんて、なんて嬉しい“おまけ”なのだろう!

おまけはまだあった。フランクフルト空港までは乗車時間が5時間を越えるので、念のため日本で指定席を“早割り”で取っておいたのだが、我が座席を探してみると、それはファーストクラスだったのだ。セカンドクラス…それも、半額以下の早割り料金で予約したはずなのに?…不安になって、隣のご夫人にたずねてみた。「すみません、これが私のチケットなのですが、この席であっているのでしょうか?セカンドクラスを予約したはずなのですが…」「え~っと、どれどれ。ええ、ええ、そうですよ。完璧にあっています。確かに、ここはファーストクラスだけど。座席が広いわよね~。あなたには広すぎよね、そんなに小さくていらっしゃるのに!(笑)…でも今日のこの暑さには、冷房付き車両はありがたいわ」

ファーストクラスは快適そのものだった。でも、トイレに行こうとしたら“使用中”だったので待っていたのだが、なかなか前の人が出てこない。おかしいな、と思っていたら、ドアの向こうからさっきのご婦人がすごい勢いでこちらにむかって手招きしているのが見えた。どうみても、私に手招きしている。彼女のところに戻ってみた。「何でしょう?」「そっちのトイレね、思うんだけど、多分故障していますよ。ずっと“使用中”のランプが消えないんだもの。後ろ側にもあるから、そっちにお行きなさい」私は随分長い間、トイレのドアの前でぼ~っとしていたのだが、もしかしたらその間ずっと、ご婦人はやきもきと私と目が合うのを待っていたのかもしれない。親切な方だ。

途中、予報どおり嵐のような雨に降られたりしながらも列車は順調に西へと進み、フランクフルトが近づいてきた。「フランクフルトで降りられるんですね。」「ええ。今回は仕事なの。」「まだ、フランクフルトの町は散策したことがなくて…」「フランクフルトは見苦しい町よ。だって、何もかも新しいんですもの。辛うじて大聖堂は残ってはいますけどね。第二次世界大戦で壊滅的に被害を受けたから、仕方がないといえば仕方がないのだけど。戦後に急いで建物をどんどん建築したものだから、もうなんだか街が安っぽくなってしまって。あら、ごめんなさい、あなたの国も、ちょっと似ているところがあるかもしれないわよね。あなたは空港までね。よい旅を!」

新しいものは見苦しい。急いで造ったものは安普請。彼らの感覚では、古いものは美しく、ゆっくりと築いたものにこそ、価値がある、ということになるのだろう。

じっくり語ってじっくり食べて、じっくりと人生を楽しむ。…オスト(旧東ドイツ)の町々でそんなドイツ人気質にふれ、肩から余計なちからが抜けていくのを感じた旅だった。これからは少しずつでいいから、もっと自然体で、音楽とも、人とも、運命とも(?)、付き合っていけるようになりたいものだ。

ありがとう、オスト!

2009年07月24日

« 第436回 てくてく歩きのドイツ日記 ⑧ ~ドレスデン其の二~ | 目次 | 第438回 つながっていたい »

Home