第434回 てくてく歩きのドイツ日記 ⑥ ~ドレスデンへ~
5月24日。ところで、私はすでに訪れたことのあるヨーロッパの国では、できる限りホテルで朝食を取らないようにしている。せっかく街に出れば焼きたてのパンが食べられるのが分かっているのに、ホテルでありきたりの朝食というのも、もったいない話ではないか。第一、そのありきたりの、大体内容も分かっている朝食に13ユーロとか15ユーロ(1,500円~2,000円)を費やすのもなんだかくやしくて…。
この日は日曜日だから、本来パン屋さんは休業日。でも、昨日ステファンは、21日のホリデイの振り替えで、今日はお店が通常営業、と言っていた。彼のいうことが正しければ、あの、角のパン屋さんで焼きたてのおいしいパンと、淹れたてのコーヒーにありつけることができるはず…。ちょっぴりドキドキしながら、その角に向かって歩いた。
ステファンの言ったとおり、パン屋さんはちゃんと営業していた(まだ8時前なのに!)。さんざん迷ったあげく、バケットを縦半分に切り、それをさらに横半分に切ったものに、シャンピニオン(マッシュルーム)とグリュイエルチーズがふんだんに乗っているオープンサンドを選び、温めてもらった。焼きたてパリッパリのバケットにはたっぷりのバターがぬりこんであって、その上にたくさんのシャンピニオンと山盛りのチーズがとろ~り…。シャンピニオンは日本のものとは種類が違うのかな?と、思うほどに香りが豊かで、歯ごたえもしっかりしている。バターとチーズがかなり使われているのに、ちっともしつこさを感じない。香ばしいバケットと、シャンピニオンとチーズの香りににうっとりしつつ、さくさくあっという間に食べてしまった。ご馳走さま!ここで、ちょっと甘いものも食べたくなったので、近所のスーパーでライスプディングを買うことにした。
ライスプディングは、ヨーロッパのどの国にもだいたいあるけれど、日本の人に説明すると「え~っ?何それ。美味しいの?」と、必ず驚かれる。確かに、日本ではなかなかお目にかかれないので、ヨーロッパに来た時に一度は食べることにしている、ひそかに好物のカップデザートなのだ。要は、砂糖の入ったミルクでおかゆのように柔らかく煮たお米のプディングを、冷やしたもの(ほどよいトロミがあって、ちょうど今はやりの“とろとろプリン”みたいな食感)。ベリーやカラメルのソースのかかったものなど、色々な種類があるのだが、どれも甘みは意外に控えめで、食べやすい。私は“バニラプディング、チョコレートソースがけ”という、ライスプディングのめくるめく食感と、お米の甘い味をもっとも堪能できそうなものを選んだ。
ライスプディングを買うためにスーパーに入ったのだが、他にも、お土産用のチョコレートを半ダース、500グラム入りの美味しそうなイチゴを一パック、それから今日のドレスデン行きに備えてミネラルウォーターも…と、欲しいものが次々に増えて、気づいたら両手に持ちきれないほどになっていた。このスーパーのカートはあまりにも大きいし、そんなにたくさん買い物をするわけではないから必要ないだろう、と思って使わなかったのだが、こうなってくるとかなり手元が妖しい。あっ、イチゴのパックが今にも手から落ちそう…。と、その時、スーパーの店員さんがすかさず、「お客さん、ほら、これ使って」と、ちょうどいい大きさのダンボールを手渡してくれた。
そうか、入り口に置かれていた小型のダンボールは、カートほどではないけど、すべてを手に持つのも大変、という、私のような人のためのものだったのだ。かなり大きなお店だったけど時間も時間だし、見たところ最小限(売り場に二人、レジに一人)の店員さんしかいない。それなのに、こんなに目配りしてくれるなんて…。ああ、店員さん、ダンケ・シェーン!!ライプツィヒに住んでいるなら、このスーパーを是非、贔屓にするのに!
さて、再びライプツィヒの駅である。早めに着いてしまったが、駅のショッピングモールのテナントはファッション系が多く、ひやかしてもあまり面白くないので、予定していた新幹線より一つ早いローカル線に乗ることにした。それでも、まだ発車時刻まで大分ある。と、ここでお手洗いに行きたくなった。
もちろん、トイレはある。こんなに大きな駅、兼、ショッピングモールなんだもの。ところが…。「ビューティートイレ:使用料1ユーロ」なんて書いてあるではないか。しかも、それしかトイレがないのだ。「えっ?そんな~!1ユーロなんて高すぎる!」思わず、声に出してしまった。お金が惜しいというよりも、ここはなんとかお金を使わずに“済ませる”方法を考え出して、勝ち組(何の?)になりたい、という欲求がふつふつと沸き出でてきたのだ。さぁ、あなたなら、どうしますか?
もし、これが街中なら…。レストランやカフェだとやはり有料だったりするので、私は五つ星ホテルのロビーに入ることにしている。ロビーには大体、最新式のトイレがあるので、宿泊客のふりをして、なにくわぬ顔でそれとなくトイレを探し当てるのだ(これ、結構わたし、特技です)。でも、ここは駅。さて、どうしよう…。
程なく、名案がひらめいた。それは、ホームに入線していて、まだ発車時間まである程度ある列車(できれば新幹線)の車両のトイレを使う、というものだった。即、実行。ばっちり!…かくして、私は無駄な1ユーロを払わずにすんだ。ふふっ、これで体も気分もスッキリ!
乗り込んだドレスデン行きのローカル線では、10代の若者たち数人のグループと一緒の車両になった。乗車中一時間以上、誰ひとり携帯電話やi pot の類を手にすらしないで、ずうっと仲間内でおしゃべりしている。そういえば、ドイツでは、話にどんどん参加することが大切なマナーだと聞いた。例えばパーティーで、皆の会話に食い込まず、自分の意見を言わないで“聞き手”になってしまっていると、場合によっては会話の内容のみならず、一緒にいる人たちにも興味がありません、という意思表示に受け取られてしまうのだそうだ。そういえば、ヨーロッパでは、携帯電話でメールやワンセグ、ゲームをしている人をほとんど見かけない。推して知るべし、という日本の美学と違って、彼らにとって、コミュニケーションをはかるには、会話や対話というものが何より重要なのだ。
いよいよ、旅の終着点ドレスデンに到着。この美しい町で、ちょっと慣れてきたドイツ語に打撃を受けることになる。
(てくてく歩きのドイツ日記 ⑦ に続く)