第430回 てくてく歩きのドイツ日記 ② ~アイゼナハ~

5月20日。やはり、鳥の声で目覚める。時間は朝5時。時差があるし、興奮しているから早く目覚めるだろうとは予想していたので、昨夜の散歩の後、ホテル内のビアレストランで地ビールをしっかり(?)頂いてから眠ったのだけど…。そういえば、新聞をみたら最後のページがまるまる読者の『パートナー募集!』の欄になっていて驚いた。「わたしは37歳で、性格は明るくて趣味は旅行です。今年の夏、一緒にフィンランドに行ってくれる方を募集します」のような記事がたくさん載っている。日本でいうところの“婚活”、か、はたまた“恋活”にあたるニュアンスなのか。掲載は実名ではなく、連絡先も新聞社留めになっているようで、なかなか合理的な印象だった。

さて、ゆっくり身支度して、朝食をとる。ドイツのパンは麦の香りやかみ応えがしっかりあって、大好き。朝からしっかり食欲があるのも、嬉しい。チーズ、サラミやハム、ヨーグルトや果物を、たっぷり美味しく頂く。ガソリン満タン!早速、市庁舎近辺を朝の散歩にでる。

アイゼナハは人口4~5万人の小さな町だけど、地形に起伏があり、バッハやルターの足跡も感じられ、しっとりとした歴史的雰囲気のある美しいところで、市庁舎前の広場には早々にマルクト(市)も立ちはじめていた。パン屋さん、野菜屋さん、衣服を売る屋台や花や野菜の苗を売る屋台などが次々に現れ、人々が増えてくる。おいしそうなアイスクリーム屋さんも見つけた。お城とバッハの家を散策したら、ここでお腹い~っぱい、アイスクリームを食べるぞ!!

駅前から、朝9時始発で世界遺産のヴァルトブルク城行きバスが出ているのは、昨日の散歩でリサーチ済みだったのだけど、部屋の窓から、朝霧の中、小高い山の頂にそびえるお城の姿を見た途端、昨夜の「歩くぞ!」の気持ちがふつふつと沸いてきた。「あの…ヴァルトブルク城へは、バスがあるようですが歩いていくのは大変なのでしょうか?」フロントの女の子に尋ねてみる。「そんなことありませんよ。市庁舎の広場は、ご存知ですか?そこからだったら…歩いて20分くらいじゃないかしら。この道をいけば、分かりやすいですよ」地図を示しながら、てきぱきと教えてくれた。よし、やっぱり歩くぞ!

今日、アイゼナハから途中、エアフルトを経由してワイマール入りすることになっているので、チェックアウトをすませ、荷物だけ預かってもらって、いざ、お城を目指して出発!市庁舎の広場を横切り、時差ボケも感じない軽快な歩調でどんどん歩く。山へ。上へ…。

瀟洒な住宅街を経てどんどん高いところに登っていくと、木々はもっと多く、大きくなり、そして鳥の声がいっそう高く聞こえるようになってくる。ヨーロッパの鳥のさえずりは、どうしてみんなこんなに表情豊かなのだろう。音程のレンジが広く、声色やリズムも多彩で、ついうっとりと聴き入ってしまう。そういえば、この町に来て、まだこの声よりも大きな“音”を聞いていない。鳥の声が一段落すると、今度は葉ずえの音がさわさわと心地よく響く。一つ一つの異なる音がそれぞれに聞こえながら、完璧に調和しているのだ。「すごい…まるでバッハの対位法みたい」感動して、思わずひとり言を発してしまった。「これは森のハーモニーだわ!木々、鳥たち、風…が、アンサンブルしているみたい」

そうなのだ。いつの間にかわたしは、森の中に入っていたのだ。そういえば、先ほどから上へ、上へと歩いてはいるものの、いつまでたってもお城は見えてこない。それどころか、どんどん道幅は狭くなり、木々はうっそうと茂って一段と葉ずえの音が大きくなってきた。「あれ?これ、さっきと同じ道じゃない?」ふと、時計を見たら、ずいぶん歩いている。市庁舎の前から、かれこれ30分以上が経過しているのに、一向にお城の姿も、その気配すらも見えてこない。

道に迷ったのだ。とにかく、引き返そう…でも、どこへ?このままでは、また同じところをずっと、ぐるぐる歩いてしまうばかりだ。どうやら鳥の鳴き声に気をとられて、いつの間にか道をはずれ、どんどん山奥に入り込んでしまっていたらしい。「どうしよう…」地図を見直すと、実はお城への道筋はその中に一部しか書かれていなく、途中からは道が途切れている。日本のガイドブックを見直すと、「城へは、入り口付近の麓から歩くと40分」と書いてある。

旅行初日で迷子~?…ちょっと格好悪すぎる。困ったぞ…、と、思ったその時、素敵なドーベルマンが「ワンワン!」と、小さく吠えながら近づいてきた。「こらこら、だめでしょ、お行儀が悪い!もう、ごめんなさいね」振り向くと、飼い主と思しき初老の婦人がゆったりとにこやかに歩いてきた。助かった!「こちらこそ、ごめんなさい…お尋ねしてもいいでしょうか?ヴァルトブルク城に行きたいのですが…どういったらいいのでしょう?」「あら、ちょっとはずれただけよ、大丈夫。その道をまっすぐ行くとその先に大きな木が見えてきます。そこで森がちょっと開けた感じになるから、そうしたら右の道に進むの」「分かりました、どうもありがとうございます!」でも大きな木、って、ここら辺の木はみんな大きな木なのに、わかるかしら…不安を感じて、何となしに小走りになってその“大きな木”の場所に急ぐ私の背中に、彼女は「いいこと?大きな木のところに出たら右ですからね~っ!」と、温かく大きな声を投げかけてくれた。

果たしてその、大きな木、は見つかった。なるほどそうとしか言い表わしようのないような、それは見事な木だった。婦人に言われたとおりに進むと、ほどなくお城の敷地内入り口にたどり着くことができたが、市庁舎から小一時間ほどが経過していた。200メートルほど後ろのバス停に駅前9時発とみられるバスが到着し、数人の乗客が降り立っている。それでも、始発のバスよりは早く着いたのだ。ただし、靴はぬかるんだ土を歩いてドロドロ、かなり起伏の激しい山道を小走りで(!)行ったり来たり彷徨ったおかげで、膝はガクガクしている。筋肉痛になることは間違いないだろうな。

お城の入り口が閉まっている。あら?お城は8時前から開いて、今日は休館日ではないはずなのに…。窓の修復をしている男性に聞いてみる。「すみません、まだ、中には入れないのでしょうか?(英語で)」「え?なんだい?おれ、君のしゃべってることわかんないよ」「えっと…ワタシ、ハイレナイノデスカ?(ドイツ語で)」「ああ、みんなと一緒に入れるよ。そこでもうちょっと待ってなよ」どうも、何人か入り口に人がたまると、ツアーガイドつきで内部を見学できる、という仕組みになっているようだ。これはのんびり、待つしかない。それにしても、事前情報とは違って、思ったよりも英語が通じない。

ガイドさんの説明を聞きながら、タンホイザーの歌合戦の舞台となった大広間などを見学(英語でのガイドもある、という話だったけど、今回はドイツ語のみだった…)。ルターが新約聖書をドイツ語に翻訳した部屋はこの先ですので、ご覧になっていってください、と、ツアーガイドは終了した。「え?どこ?まさかここ?こんなに小さいところ~?ねぇ、あなた、どう思う?本当にここなのかしら」ドイツ人はとても自然に、親しげに話しかけてきてくれる。ああ、もうちょっとドイツ語、勉強しておくんだった…。結局そこは使用人のための小さなキッチンで、ルターの部屋は他に見つかったのだけど、いずれにしてもとても小さく質素なしつらえで、びっくりした。

続いて訪れたバッハハウスでは、学芸員の方のデモンストレーションによって当時の楽器をいろいろと聴き比べさせてくれた。ふいごのついたチェンバーオルガンも面白かったけど、特に心惹かれたのはクラヴィコード。とても細く、微かな音ながらヴィヴラートをかけたりクレッシェンドしたり出来るものだ。バッハの、鍵盤楽器におけるカンタービレのイメージは、こんなところから来ていたのかもしれない。頑張って歌い上げるのではなくて、表情を尊重して音楽本来のニュアンスに寄り添うような…。そういえば、この国の人たちはいつも、自然体で何かに寄り添いあっているような気がする。伝統にも、仕事にも、家族にも、そして自然にも。

                                         (てくてく歩きのドイツ日記③に続く)

2009年06月05日

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