第406回 されど、クリスマス
誕生日でもないのに、素敵なケーキが食べられてプレゼントまでもらえる特別な日。しかもそれは夜、寝ている間に誰からともなくいつのまにか配られる…という、ミステリアスな部分もあいまって、意味も分からず子供の頃から大好きだったのが、クリスマスです。
クリスマスはイエス・キリストの誕生日であることを認識したのは小学校に上がってからでしたが、キリストとサンタクロースの因果関係は、その後もずっと謎でした(しかも、本家?サンタクロース村はフィンランドにある、と聞いてますます訳が分からなくなってしまったのでした)。よくよく調べてみたら、サンタクロースは“セント(聖)・ニクラウス”という、4世紀頃の伝説の教父が、オランダ訛りで“シンタクラウス”になったところから発しているのだとか。キリスト誕生を祝って、子供たちにプレゼントを…というのはクリスマス自体の歴史よりもずっと新しい習慣なのでしょう。
枕元に靴下を置いておくと、知らないうちに何ものかがプレゼントを置いていってくれる…なんて、ハートにぐっとくる、にくい想定です。「いい子にしていないと、今年はサンタさんが来てくれないわよ」なんて、今の親も子供たちに言ったりするのかしら…。『クリスマス=プレゼント』という習慣は日本にはずいぶん前から定着して、今や子供たちだけでなく、大人もプレゼントを受け取ったりするようになっているわけですが、考えてみたら、日本にはこれほどまでに他国に浸透し、一年の中でも一・二を争う大きなイベントとなるほどの影響を与えた、文化的・宗教的習慣を輸出した実績はありません。日本人は他の国の人よりも、文化の輸入が好きなのでしょうか。
ともあれ、家族でにぎやかに過ごすクリスマスは本当に暖かく楽しく、なんとも良いものです。折りしも12月24日は弟の誕生日でもあったので、彼の誕生日のお祝いも兼ねて、毎年のように思い出になるようなクリスマスパーティーを演出してくれた母に、今更ながら感謝!です(弟は、「誕生日とクリスマスのプレゼントを一緒にされた」とぼやいていましたが)。
でも…“クリスマス、独りものには、ちと辛い”。まぁ、仕方のないことではありますが、その日はひっそりと家で好きな音楽でも聴いて過ごすのが、ここしばらくのクリスマスの過ごし方になっています。きっと今年もそうなんだろうな、と思っていた矢先、あるお店のオーナーさんからこんなオファーを頂きました。「美奈子さん、うちの店でトークライブをしませんか。」
12月23日の夜に、というお話になり、これはいい!と、二つ返事でお引き受けしました。トークライブにも様々なスタイルがあると思いますが、実は、以前から機会があったらそのクラシックバージョンをやってみたいと思っていたのです。タイトルは『バッハの教会音楽~耳でみるクリスマスの風景~』。華やかな電飾とクリスマスソングが飛び交う日本のクリスマスではなく、教会を訪れ、家族と過ごすヨーロッパのクリスマスについてお話したり、バッハの人物像などをご紹介しながら、彼の書いたクリスマス・オラトリオやマタイ受難曲などを聴いていただこう、という趣向です。
前回のエッセイでも、ちょうどバッハについて触れたばかりだったので、このお話が実現することになって、不思議なものを感じました。人間、何かやってみたいことを具体的にイメージすると、その瞬間に一歩、実現に近づくものなのかもしれません。だとしたら、イメージはどんどんするに限るし夢は見るに限る!見なくちゃソンソン!…ということになります。そうそう、サンタさんへのプレゼントのリクエストも、ちゃんと具体的に手紙に書いたではありませんか!
やりたいと思ったことは、どんどんやってみることが出来ればよいに越したことはないのですが、そこで問題なのは、お金です。もしも私がどこぞの音楽事務所に所属していたら、小学校のコンサートと言い今回のトークライブといい、自由に出演依頼を受けることができなくなる可能性があります。あるいは、依頼を受けるに当たって、ギャラの制約が発生するのはほぼ、間違いのないことです。
私の場合、「やってみたい!」と思うことが一定の収入に結びつくとは限りません。でも、事業的なことにはあまり惹かれないのだから仕方ありませんし、そんな自分がいやだとも思いません。収入はともかく、私自身が充実した気持ちでそれに取り組めることが、何より大切なのだと信じています。それでなくとも敷居の高いイメージのクラシック音楽、よりリラックスして楽しんでいただくためには、そう高いお金(出演料、または入場料)は求められませんし、求めるべきでもないのではと考えています。
レッスン料も然り。何でも、私程度(?)のキャリアのピアニストとしては、格安だとよく驚かれるのです。まったくもって“妥当”な額だと思っているのですが、う~ん、そうなのかしら。確かに、ほとんど“値上げ”はしていないけど…。
実際に「音楽事務所に所属しませんか」…なんてお話があったわけではありませんが、もし間違ってそんなお誘いを頂いたとしても、高慢にも(?)お断りしていたかもしれません。確かに、一匹狼にはリスクや不安定がつきものですが、この自由と気楽さは、アーティストとして捨てがたいものがあるのです。周囲の人からは経済観念が欠落している、と指摘されることもありますが、自分としては充分お仕事には恵まれていると、心から満足しているのです。
とは言っても、それはあくまでもお仕事の話。この先の人生もずっと、“一匹狼”で生きていきたいと思っているわけではないんだけどなぁ…。かくして、23日の夜は素敵な予定が入ったのだけど、さて、24日はどうしよう?プレゼントはいらないから、素敵な人との甘~い時間が欲しいものでありマス。