第394回 はだしでベーゼン
ときおり、世の中にはふたとおりの人がいるような気がすることがあります。修学旅行や運動会など、学校での団体行動を楽しめた人と、その反対の人です。
周囲には、何かと行動を制限されたり、皆と同じことを強要されるのが煩わしくて、皆で一緒に何かをするのは好きではなかった、という前者の人もいますが、私はその反対でした。皆と一緒に何かをするのは、煩わしいどころか大好きで、楽しみで仕方なかったのです。先生もそんな生徒をちゃんと見ていて下さったみたいで、何かと班長やら係りやらを仰せつかったりするものだから、さらに張り切ってしまい、結局張り切りすぎて疲れてしまったり気持ち悪くなってしまう、ということにはなりがちでしたが…。
先月末に新潟で行なわれたセミナーでは、10代から30代の素敵な生徒さんたちに囲まれてとても充実した時間を過ごすことができました。アンサンブルのリハーサルを進める上での注意やら実践について、講座をしたり、実際に公開レッスンを行ないながら、私自身の中でも何かがクリアになったり、何かに気づくきっかけを得たり…。人が成長するためには人のちからが必要なんだなぁ、と、改めて感じたのでした。
さて、昨日、ソロアルバム第二弾のための、二日間のレコーディングが終わりました。気持ちのよい秋晴れと、美しい星空に恵まれた二日間でした。
駅から会場まで歩きながら、昨年の春に訪れたピレネーの山々や、秋に両親とドライブにした、雄大な八甲田山の紅葉を思い出していました。それは、ちいさな心配やら、取るに足らない気がかりなことなんて、いつの間にやらどこかに飛んでいってしまうような圧倒的な自然の佇まいでした。
初日、駅前でディレクターの町田さんと会い、一緒に会場のホールに入ると、すでにエンジニアのイチローさんが前回同様、マイクを何本もセッティングして待ち構えていました。ステージ脇に設置された複雑な機材や、目がまわりそうなワイヤーの数々…。コンサートの時とは明らかに違う、一種異様な景色なのですが不思議と違和感は感じません。むしろ、二年前と同じメンバー、同じ会場だったからか懐かしいような気持ちさえ沸いてきました。「ここのお昼、ちょっと楽しみなんだ」「そうそう、パンのバイキングが充実しているんですよね!」リラックスした雰囲気の延長線上で、レコーディングが始まりました。
開始直後のことです。「ペダルの音が入っています」と、エンジニアのイチローさん。「足のほうですか?」「いえ。ダンパーがリリースされたり降りたりするときの擦れ音です」一瞬緊張がはしり、全員でプレイバックをチェックします。「う~ん、このくらいはいいんじゃないかな。どうしても発生する音だしね。」と、町田さん。残響を多く入れるよりも、近くで親しく、クリアな音で聞いているような感じに録りたかったのですが、そういったノイズ(?)を避けようとマイクを遠ざけるとやはり、ボディーの弱い印象の響きになってしまうのです。それにしても、高性能マイクの集音能力のすごいこと…。
「靴、脱いで弾いてみようかしら」「あ、それいいかもしれないね」ステージの上で“はだし”でピアノを弾くのは初めての経験でしたが、やってみると余計な雑音もしないしリラックスもできて、これがなかなか気持ちがいいのです(コンサートではできないことですが)。
「レコーディングの時には、服装とかゲンかつぎとか、何かこだわっていること、あるんですか?」レコーディング直前、よく行くお店で友人に聞かれました。「どうでしょう…特に何もないと思います。服装に関しては、とにかくラクな格好、ということくらいで…」今回も、ぺったんこの靴(結局これも、脱いでしまいましたが)に、ティーシャツとパンツ。腕が疲れないよう、リュックサックを背負い、髪がバサバサするのが嫌いなので帽子を被って…と、誰がどう見てもハイキングに来た人にしか見えないような出で立ちです。そういえば、前回も同じような感じだったな、と思い出して、なんだかおかしくなってしまいました。
「いつもの美奈子さんのように、ステキな演奏ができますように…」その質問の主は、翌朝、短いメールをくれました。彼女にはいつも、肝心なところで大きな励ましをもらっています。
「はい、これ」ポケットから体長4センチほどの小さな人形を出して、ぶっきらぼうに手渡してくれた友人もいました。「わぁ、かわいい弁天さま…」穏やかな表情を浮かべ、心持ち首をかしげて少し前かがみに構えて琵琶を掻き鳴らしています。「原語ではサラスバティーといって、“聖なる河”の意味なんだって。河の流れる音から音楽の神さま、ということになったとか…」「知らなかった。原語って、サンスクリット語よね。サンスクリット語って、とてもきれいな言葉だっていうイメージがあるなぁ。ナマステ、も“あなたを尊重します”とか“あなたに感謝します”っていう意味だって聞いたことがあるし…」そう言いながら、いい言葉だなぁ、と、ふと、感じ入ってしまいました。レコーディングにも、自然体で臨んでね、というメッセージをもらったような気持ちになりました。
レコーディングは、初日に12曲すべてを弾き終え、二日目には皆でプレイバックを聴いて、気になったものだけをいくつか録りました。いつものとおりにピアノに向かえたのは、はだしで弾いたから…ではなく、周りの人々がたくさん支えて下さったおかげです。関わってくださった皆さま、そして二日間相手をしてくれたベーゼンドルファーさん、ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。ナマステ!