第375回 幸福なエイプリル・フール
つい先日、高校時代からの友人と温泉一泊旅行にでかけました。一日目はかねてから訪れたかったこんにゃく会席の食べられるお店や、米沢の老舗酒蔵を見学(試飲もたっぷり。ヤッホー!)。夕食には、鯉の旨煮や、食べきれないほどの米沢牛(!)のしゃぶしゃぶからラ・フランスのアイスクリームまで、地元の食材をふんだんに使った心づくしのお皿の数々を平らげ(と、いってもさすがに全部は食べきれませんでしたが…)、こんこんと豊かに沸き出でる源泉にゆったりつかり…。それはそれは、もう“ご褒美”を越えて天国にきてしまったのでは、と思われるような贅沢な時間を過ごしました。
仙台からずっと車を運転してくれた彼女は、華奢なのにまったく疲れた様子を見せず、夜遅くまでついおしゃべりがはずみます。お布団に入るにつけ、つくづく「なぜこんなに可愛らしくも聡明で、思いやりの心豊かなアン・シャーリーのような彼女が独身なのでしょう?う~む、不思議すぎる。世の中、どうなっているの?」(かく言う私も独り者だけど…)と、どうしても合点がいかなかったのですが、いい具合に体が温まっていたようで、“すとん”と、何かが落ちるように眠りについてしまいました。
この時期も、まだまだ道路わきには場所によっては建物の一回部分の高さほどもの雪が残っている天元台のふもとの温泉宿。おかげで雪見の露天風呂を楽しむことができたのではありますが、翌日目を覚ましてびっくり!…舞い降りる雪で30メートル先もみえないほどの大雪で、昨日以上に一面真っ白なのです。4月に入ったなんて…と、いうよりも、自宅のある千葉では、すでに桜が満開を超えている時期だなんて、とても信じられない光景でした。
この日(つまりエイプリル・フール!)に、駐車場までたどりつくまでにすっかり雪まみれになったのは、ちょっと自慢したいほど愉快な経験でした。それにしても見事だったのは、彼女の運転です。いくらスタッドレスタイヤを履いているからといって、圧雪、カーブ、下り坂、おまけに吹雪で視界が数十メートルあるかどうか、という極端な悪条件の中、いつもの調子でおしゃべりしながら、まったく動じることもなく、快適かつ安全に“下界”に降りていったのには、尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。それだけでなく、気がつくとカーナビもないのにマニアックな裏道を涼やかな顔をして走っているし、さらにその道すがら「ほら、今の土手にフキノトウがたくさんあったでしょ?」「このあたりは、ワラビがよく採れるのよ」「今、林の入り口のところに縄が張ってあったの分かった?この松林、マツタケが採れるから…」もうアンビリーバボー&ワンダホー!こういう人こそ、“できる女性”というのです、うむ。
二日目には彼女と、山形県東置賜郡にある浜田広介の記念館に立ち寄ることができました。広介の『泣いた赤おに』や『りゅうの目の涙』は、子供の頃から大好きな童話です。宮沢賢治の作品はファンタジーに満ちて、やや“大人のための童話的小説”という感があるのに対して、浜田広介の作品は、読み安く分かりやすい物語の中に子供の頃に一度触れたら一生心に残るような温かさや、深い悟りや啓示がある“子供のための小説”的要素があるように思います。実際、子供の頃に『泣いた赤おに』を読み、赤おにが青おにからの手紙を何度も読んで“戸に手をかけて顔をおしつけ、しくしくとなみだをながして泣きました”というエンディングで、赤おに、青おにふたりともの相手を思う気持いを感じて、やるせなさに小さな心に痛みを感じたのを覚えています。
今思うと、子供も…いいえ、子供こそ、大人を軽く越えるほどに豊かな感受性、想像力、そしてなにより、思考力をもっているのです。それを深く理解していたであろう広介の童話は、声に出して読むとそのリズムの心地よさや日本語の美しさがさらに強く感じられることにも、今さらながらに気づきました。
「子供たちへの読み聞かせ用に、これを買って帰るわ」美しい挿絵の入った絵本をいくつか手にして、穏やかに微笑みながら友人が言いました。彼女は小学校の先生なのでした。こんな先生に教えてもらえる子供たちは、幸せだわ。こんなお母さんをもつ子供たちは、もっと幸せなのに。あ、いけないいけない、またメビウスの輪のごとくに出口のない「世の中、どうなっているの?」という問いかけに、はまり込んでしまいそう…。
広介の童話が、一生私の中であたたかなコークスのかけらのように存在し続けるのが明らかなことであるように、この二日間の想い出が一生の宝物になるのも極めて確かなことに思われて、彼女への感謝の気持ちでお腹、もとい、胸がいっぱいになり、幸福な眠りについたエイプリル・フールの夜でした。
(追記①=翌2日の朝に体重を測ったところ、二日間で1、6kgの“増量”でした。ハレルヤ!…1、6kg分も美味しいものを満喫できて、満足満足…。
追記②=今日、秋田からのフキノトウを見つけたので、彼女に教えてもらったレシピで“ふき味噌”を作りました。滋味深い、春の香り豊かな味わいに我ながらうっとり。さらなる“増量”が期待されます。)