第340回 ピレネーをうろうろ フランスにめろめろ⑤~そしてトゥールーズ~
トゥールーズはフランス第6の都市とは聞いていたけど、確かに大都会でした。ホテルのフロントはとってもフレンドリーで、この辺りでは昔から石が取れないこと、従って古い建物のほとんどがレンガでできていて、それが夕暮れ時になるとえもいえぬ深いピンク色に染まるのが、ここが「バラの町」と言われる所以なんだということや、町の見どころなどを親切に教えてくれました。
「他に、何かお尋ねになりたいことはありますか?」「はい!ここの名物料理を是非、食べてみたいのです。カスレ(豚肉や鴨肉と白インゲン豆の煮込み)とか…」「なるほど!でしたら直ぐ隣の二件目に、カスレを食べさせるレストランがありますが…」「ああ、そうですね。先ほど見かけました。でも、看板に“カスレは要予約。二名様より”って書いてあったの(←目ざとい!)」「あれ?そうでしたか…。召し上がるのは、今夜がご希望ですか?」「今夜でも明日でも…」「でしたら、明日詳しいものが来ますから、伝えておきますので彼に聞いてみてください。きっともっといいアイディアをお伝えできるかと…」「ありがとう。では、そうします」
ペルピニャン周辺では当たり前のように自生していたブーゲンビレアの花は見当たらず、代わりにクレープリ(クレープ屋さん)があちらこちらに見られます(ここに来て、ペルピニャンにそれを見かけなかったことに気づきました)。感じのいいパン屋さんを見つけ、ガトー・バスクを買ったらあまりの美味しさに絶句!なんでしょう、このバターの豊かな香りは…!リッチな風味とサクッとした軽さの両方が共存している上、中に入っているアーモンドパウダーのクリームとのマッチングがまた絶妙!!その繊細、かつ素朴なテイストとバランス感は、まるでフォーレの室内楽のようです。…きっと、音楽をやっていない状態でこの非の打ち所のない魅力的な焼き菓子に出会っていたら、迷わずパティシエを目指したに違いない、という気がしたほどの衝撃でした。
この日の夕方、この町のシンボル的な建物で、フランスで最も美しいロマネスク建築の教会としても知られるサン・セルナンバジリカ聖堂でパイプオルガンのコンサートがあることを知り、聴きにいきました。プログラムはオールバッハです。開演時間が近づいてくると人々が三々五々集まってきて、やがて古く美しい教会の中は厳かにして豊かなパイプオルガンの響きに満たされました。
「次にお聴きいただくシャコンヌですが、これは一種の変奏曲のスタイルによるものです。一つのバス進行が何度も繰り返され、他のパートが自由に変奏を繰り広げていくのですが、そのバスパートはこういったものです…」奏者は、一つ一つの曲の解説を話しながら、時に部分的に弾いてみせて曲を分かりやすく紹介してから演奏に入っていきます。あれ?私のリサイタルのスタイルと同じ…。本場ヨーロッパですら、他国(バッハはドイツ人)の、しかもかなり時代の違う音楽を聞こうという時には、このようなトークによる解説が入ることもあるぐらいなのですから、日本でそれを行うのが蛇足、とはいえないはず。私のやっている事はきっと邪道じゃないのだわ、と、すっかり嬉しくなりました。
翌日は、この時期にしては珍しく肌寒く降りしきる雨音で始まりました。前日まで、ピレネーの山並の見える、風光明媚な村にでも足を伸ばそうかという思いがよぎっていたのですが、この天気ではピクニックもままなりません。これは、やはりあそこに行くしかない…あそこに行きなさい、ということなのです。ここから列車で60分ほどの、パミエに。大好きな、ガブリエル・フォーレの生まれた村に…!
トゥールーズの国鉄の駅の窓口に並びます。あいにく「英語話せます」の札がかかった窓口ではないところが空きました。しかめっ面のムッシューがギロッと私の方を見ています。…ここは気合いをいれて、フランス語で通すぞ!…意を決して、ちょっと緊張しながら窓口につかつかと歩み寄りました。「おはようございます、ムッシュー。パミエ行きの往復を一枚下さい。」「お待ちを。…お帰りも今日ですか?」「はい。次の列車は何時発でしょう?」「8時50分。4番線です。20ユーロ頂きます」「支払いは、このクレジットカードでお願いします」彼は表情を変えずに淡々と目と手を動かし、チケットを私に差し出しました。「どうもありがとう」その時です!…強持てのムッシューが、最後のその瞬間に「フランス語で、よく言えましたね」とばかりに私に別人のような微笑を見せ、ウィンクしてくれたのです。
もう、この国の人の表情の使いこなしというか、人への自然な対応の仕方にはやられっぱなしです。人とコミニケーションを上手にとることも、逆に他人との距離を的確に保つことも、きっとさりげなくやってのけてしまうのでしょう。
さて、列車はパミエに着きました。ガイドブックにも載っていない村ですから、手元には地図もなにもありません。駅を下りたのはいいけれど、右へいくべきか左へいったらよいのか。大体、“何か”あるのか?…とりあえず小高くなっている場所を見つけ、そこに登って360度見渡し、教会のあるあたりに見当をつけていつものようにぐんぐん歩き始めました。そして数分後…偶然にも見つけたのです、壁に掲げられたプレートを!そのプレートにはこう書かれていました。『パミエの音楽家 ガブリエル・フォーレ(1845~1924)通り』
(ピレネーをうろうろ フランスにめろめろ⑥に続く)