第337回 ピレネーをうろうろ フランスにめろめろ②~TGV初体験~
約10時間ほどのフライトの後、アラブ首長国連邦のドバイに到着。とても大きな空港でしたがまだ工事中で未完成の部分が多く、タラップを降りてから空港のゲートまでを延々とバス移動しなければなりません。ここで乗り換えて、再び6~7時間のフライトを経てやっとパリに到着。でも、この日はさらなる長距離移動が待っていました。ドゴール空港から最近、世界最速を記録して話題にもなったフランスの誇る新幹線TGVに乗り込み、地中海…しかもスペインとの国境付近のペルピニャンという町まで一気に移動してしまおう、というスケジュールだったのです。パリのドゴール空港からの所要時間は、約6時間…。時差があるので計算が若干怪しいのですが、名古屋に向けて自宅を出てから、かれこれ24時間ほどを経て、夜10時近くにやっと目的の駅に着く予定です。
TGVで隣りに座っている50代と思しきムッシューは、ずっとノートパソコンを開いてなにやらお仕事をしていますが、あまりはかどっていないような様子…。後ろの向かい合わせの四人席では、英国人グループがにぎやかに、ずっとカードゲームをしています。持ってきた地図を眺めて駅の名前を確認しようとしたのですが、いまひとつ土地感がつかめないので、ムッシューがパソコンを閉じたのをきっかけに、思いきってたずねてみました。「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが…」「はい、何です?」「この列車、どんな経路でペルピニャンに向かっているんでしょう?この地図で示して下さいませんか?」
「どれどれ…」ムッシューは私の方を向き直り、地図の片方をもって指差しながら「まず…ここがパリでしょ?今、少し東の方に向かっているんだよ。この後南下してリヨンを経由して…プロヴァンスの方に向かうんだ。その前に通る、ここは美味しいシャンパンで有名なシャンパーニュ地方ね。そしてこのエリア…この辺はブルゴーニュといって…あ、ご存知ですか?」「はい。ピノ・ノワールにシャルドネ…。好きなワインです。」「ふむふむ。ブルゴーニュはボルドーと違って単一品種でワインを作るからね。難しい部分もあるが、出来のよいものの素晴らしいさといったら、もう他はかなわないさ!あ、ボージョレが作られるガメイはこの辺ね。ガメイは熟成しないから、若飲み用さ。今は土地も平坦でしょ?しばらくいくと、もう少し丘陵地帯になって、木々の種類も変わってくるから見ていてごらん。プロヴァンスの方に行くとオリーブの木が増えてくるよ。そう、フランスの風景はどんどん変わるんだ…。パリからほんの少し離れただけでも、もうこんな景色だもの。」
ムッシューのワイン談義はとまらず。「きみは、どこまで?」「ラングドックの方です。終点のペルピニャンまで…」「ああ、それならモンペリエからの景色はなかなか面白いよ。それに、アルルの駅少し手前の車窓の景色も、素敵なんだ」「9時過ぎに到着なのですが、モンペリエのあたりってまだ見えるでしょうか?」「最近は日没が遅いからなんとか大丈夫だと思うよ」「ラングドックのワインもこの頃は日本でも人気がでてきたみたいです」「ラングドックね…。僕に言わせると、ブルゴーニュ、ボルドーに匹敵する産地ではないな。比べるとしたらチリとかオーストラリアなんかの、いわゆるニューワールドのワイン。安くて楽しめるけどね」
「フランスは、チーズも美味しいものが多くていいですね」「そう。(地図を指差して)ここらへんの山合いはモンドールというのが旨いし、ロックフォールは名高いブルーチーズの産地さ」「あまり高くない、カジュアルなワインと合わせるのに、どんなチーズがお好きですか?勿論、ワインにもよりますけど…」「そうだね。ロックフォールのようなものは、ちょっと難しいな。風味や刺激がちょっと強すぎるんでね。僕が好きなのは、山羊のチーズ…生のね!」「生の山羊のチーズですか…。ピコドンとか、クロタンではなくて?」「そう、生のがいいんだ。朝市なんかで農家が直接持ってきているようなのを見つけたら、試してみるといいよ」この他にも、ローマ帝国とフランスの歴史的な関わりと影響についてやら、郷土料理についてなど、お話は止まらず、あっという間にリヨンに到着。「じゃぁね。楽しい、そして安全な旅を!」と、ムッシューはさわやかに去っていきました。
気難しいパリジャンのイメージはどこにもない、気さくで親切なムッシューとの楽しいひと時でした。確かにペルピニャンに着く10~15分前までは明るくて美しい車窓も堪能できたのですが、さすがに駅に到着した10時前にはほぼ暗闇になっていました。さて、治安が悪いと言われている町に独り降り立ち、地図を片手にもう一度考えます。『駅から15分ほど歩くか、タクシーなら10ユーロくらいなんだけど、ここの場所はわかりそうですか?』宿のご主人からメールをもらっていたのですが、ここは是非歩いて行き着きたい…「ちょっと遠回りだけど広い道を行くか?裏道のルートで近道するか?」見たところ、道が小さくても大きくても、あまり人通りは変わらない様子です。つまり、ほとんど誰もいない。…私は後者ルートにしよう、と決意し、曲がりくねったり5差路になっていたりする道を、標識をたよりにぐんぐん歩きました。
駅を背にして歩き出してきっかり15分後、果たして私は強運にも一度も迷わずに目的のホテルに到着できました。「こんばんは!あの、今日から2晩予約した…」「ああ!マダム・スズキですね。ようこそ!」迎えてくれたのは、とても感じの良い、初老のご婦人でした。このあと、日本人にも観光バスにも出逢わない何日かを過ごすことになります。
(*ピレネーをうろうろ フランスにめろめろ③に続く)