第336回 ピレネーをうろうろ フランスにめろめろ① ~軽量大作戦~
思えば、ブダペストの空港でフライトを待っていたその時から、なんだかいやな予感はあったのです。ゲート付近で買い物をしていたら、その売店のおばさんが「ね、ね、あなたハンガリー語上手にお話になるけど日本人でしょ?これ、あの日本人団体さんのどなたかが落としたと思しきものなんだけど、声かけてみてくれない?」と言いながら、薬の入った半透明のポーチを振りかざしています。ハンガリー人は親切だけど、時として人遣いもちょっと荒かったりするのですが、この時はそんなことも考えず「いいですよ」と、快く引き受けました。そしてゲートの日本人全員に「落し物ですよ~!どなたかお心当たりのある方、いらっしゃいませんか~?」と、今度は私がそのポーチをぶんぶん振りかざして、日本人の団体さんの間を練り歩いたのです。
幸い持ち主が見つかったのですが、ほっとしたのもつかの間…。機内に乗り込んだら、今度は客室乗務員が私のハンガリー語に反応して「悪いけど、これ、お客様に案内してくださらない?」と、なにやら乗務員向けの外国語オンリーのマニュアルのページを見せてくるではありませんか。この機内ではウィスキーとブランデーは有料なので、そのインフォメーションと値段を機内アナウンスして欲しい、今回、日本人アテンダントが乗務していないので是非手伝ってくれないか、と言うのです。いくらなんでも、ちゃんとお金を払って乗っているお客の私が業務を請け負うなんて、人が良すぎというものでは…?と、思いつつ、持ち前の「ま、いっか」的性格がたたって、またも「いいですよ」と答えてしまったのが運のつき。
それからというもの、ハンガリー人アテンダントは「ね、これも言ってくれる?」「ね、こっちの、もう一回お願い」と、マニュアルを嬉しそうに持ってきてはもう同僚扱い。うかうか自分の席にゆっくり座らせてもらえない状態でした。おとなりの席のご夫婦に「この航空会社の方なんですか?」なんて聞かれてしまいました。着陸時なんて「皆様、当機はまもなく成田国際空港に向け、高度を下げてまいります。只今現地の天気は晴れ、気温は…」というお決まりの文句まで言わされ、挙句に「あら大変。あたしたちもシートベルトしなくっちゃ。あなた、そこに座って」と、クルー用の座席に座らされた上、「あ~あ。疲れた疲れた。日本ってこの時期、湿気がすごいんでしょう?やれやれ」なんてぐちまでこぼしされてしまいました(私こそ、あなたのお陰で無駄に疲れた気がするんだけど…)。そして「本日は○○エアーラインをご利用いただきまして、ありがとうございました。また近く、皆様にお会いできますことを、乗務員一同…」なんてお礼までアナウンスする始末。「着陸後もシートベルト着用サインが消え、完全に止まるまで…」だのなんだの、気づいたらフライト中の日本語のアナウンスは、すべて私がしていたのでした。これでは、航空会社の人間と思われるのも無理もないというものです。
一人で行動すると、どうもこんな珍事(?)に巻き込まれることの少なくない私が、久しぶりに一人で海外を旅することになりました。しかも、行き先はろくに話せない言語の国、フランスです。中部国際航空発の便でアラブ首長国連邦のドバイ経由。今回パリは完全にカット、いきなりドゴール空港から新幹線に乗り、一気に6時間ほど南西に移動して、到着は夜中になるけどフランスのカタルーニア地方ペルピニャンという町までその日のうちに行ってしまおう、という計画です。自宅を出発してからホテルにたどり着くまでの移動時間は、24時間を軽く超える計算になるし、ペルピニャンのホテルまでは軽く1キロほど歩かなければならないし、ガイドブックには「ペルピニャンはあまり治安がよくないところ。夜の駅周辺は注意」とあるし、どうなることやら…。
その旅は機敏に、かつ柔軟に行動できるよう、靴はスニーカー、荷物は極限まで減らし、転がすことも担ぐこともできる鞄を選んで、なるべく身軽な装備で行く作戦にしました。だって、とにかくピレネー付近の町を歩きたいんだもの。フォーレやラヴェル、セラヴィックらの故郷の空気を感じたい。町の人々の食べている、普通のものを味わいたい。彼らと言葉を交わし、その素顔に触れてみたい。…おしゃれも高級レストランもお預けです。と、いうより、意外なほど自分もそれを望んでいないのでした。
中部国際空港のカウンターで「荷物は全部でこの一つなので、できれば機内に持ち込みたいのですが」と申し出て、計量してもらったところ、6.8キロとの表示。「重量は7キロ以内ですし、大きさも持ち込み範囲ですから、問題ありません」と、あっさり機内持ち込み許可をいただきました。ほっとした反面「本当にこんなに少ない荷物で9日間の旅ができるものかしら」と、不安もちらりと頭をかすめたのですが、そこでまた「ま、いっか。なんとかなるさ!」と、すっぱり気分を切り返し、2~3泊の国内旅行用にしか見えないその小ぶりな鞄を転がして、颯爽と(と、思うことにした。ちょっとした景気づけ?に)ゲートに向かったのでした。夜10時45分発の便。名古屋の空は、とっくにどっぷりと暮れていました。
(*ピレネーをうろうろ フランスにめろめろ② に続く。次回更新は6月10日の予定です。)