第289回 一生懸命歌うから
以前に比べて、めっきりテレビを見なくなっています。忙しいから、というのが第一の背景ですが、いったん部屋の中に音が鳴っていない、静かな(自然な)状態に慣れてしまうと、テレビからひっきりなしに流れてくる効果音や、聞きたいわけでもない音楽(失礼ながら…!)に、妙に疲れてしまうのです。
それでも先日、珍しくテレビを見ていたら、かつて一世を風靡したピンク・レディーのお一人が出ていらっしゃいました。年齢を感じさせない若々しい表情や当時と少しも変わらないプロポーション…。アイドルって夢を売る人のことなのかもなぁ、なんて考えてしまいました。勿論、夢だけでなく、本来は歌い手さんとして、持ち曲で“勝負”するのが本業ということになっているというのは承知しているのですが…。
私が小学生の頃は、いわゆる歌番組の全盛期でした。あちこちのチャンネルで、いい時間帯を競うようにして放映されていたように思います。メガ級のヒット曲も多く生まれた時代でした。小学生用の雑誌にも、付録に歌謡曲の歌詞カードならぬ歌集のようなものがよく付いてきました。
歌手を品評するのは、もっぱら父でした。「この人は上手いね~。声量に余裕があるよ」「この人はぜんぜんだめだ。格好ばかりで何を歌っているのかさっぱりわからん。こういうのは嫌いだ!」…ジャイアンツ戦を観ながらバッターやピッチャーの品評をするような調子でしたから、特に真に受けたりはしませんでしたが、自分の中で何かが引っかかってはいました。
親戚が集まる機会があると、よく食後に皆でテレビを見ました。大体がナイターか歌番組でした。その日、例によって歌番組を見ながら父の妹にあたる大好きな叔母に、「おばちゃん、この歌手、好き?」と訊ねてみました。その人はかつて父に酷評された人でした。「うん、好きよ」「…そうなの。じゃぁ、この人は?」画面が別な人になったのでもう一度同じ質問をしてみました。その人もまた、父によってコテンパンに言われたことがある人でした。「そうね、この人も好きよ」その後も、父が“歌が下手だ!”としていたアイドル歌手の名前を次々に挙げて同じ質問を何度か繰り返し、そのすべてに同じ答えを得た私は、ついにふつふつと胸に沸いてきていた疑問を切り出しました。「おばちゃんの好きじゃない歌手って、いる?」
叔母はしばらく考えて答えました。「そうねぇ…、いないわねぇ」「ふうん…。なんで?パパは○○さんはあまり上手くないから好きじゃないって言ってたよ」「そう?おばちゃんは、○○さんも好きよ。だって一生懸命歌っているんですもの。一生懸命歌う人はみんな、好きなのよ」
この時、私は叔母の背後から神々しい光をみるような思いでした。歌の上手下手ではなく、一生懸命さに惹かれて好きになる、という考え方もあるんだ…。そうすると、きっと好きな歌手はたくさんになって、楽しいだろうな。…子供心にも、ものの受け止め方や考え方、価値観の違い、というものを感じ、目が覚めるような思いがしたのを覚えています。
勿論、叔母にしても父にしても、本気で「だめ」あるいは「好き」と思ってたわけではないのはどこかで分かっていました。思うに、二人の間の決定的な違いは、父が「評価を下す」ことを楽しんでいたのに対して、叔母は「評価をしない」ことを楽しんでいた、ということです。
一生懸命、夢、勝負、評価…。今回のエッセイにでてきたこの四つの言葉による四重奏の響きは、どうも上手く調和しにくい気がします。
私は前半の二つの言葉が好きです。