第270回 今年もよろしくお願いします
いつもは、見ても起きたと同時に忘れてしまう夢ですが、今年の初夢ばかりはさにあらず!…それもそのはず、かのベートーヴェンの夢だったのです。彼の最後のピアノソナタ作品111の、そのまた最後の楽章を弾きながら、「繰り返しをどうしたらいいかしら。やはり、全部した方がいいのかな。でもそれだと、プログラム後半でもう一つソナタを弾くんだから重くなりすぎるかしら。どうしよう…」と、さんざん考えあぐねている、というものでした。起きた瞬間、さっきまで本当に誰かが弾いていたかのようにその冒頭部分が鮮明に耳の中で鳴っていて、なんだかベートーヴェンがすぐ隣にいたかのような気分になってしまいました。ベートーヴェンその人が出てきたわけではなかったのに…。
実は今年、新しいコンサートシリーズを立ち上げようと、年末ぎりぎりまでそのタイトル案を練っていたのです。結局タイトルで悩むより、演奏の方が気になってしまっているあたり、やはり私はプロデューサーには向いていないのでしょう。それでも、新しいことを企てようというのは、心はずむことです。
思えば、今まで様々なコンサートシリーズを企画してきました。毎回ゲストをお迎えしていろいろな楽器の組み合わせでのアンサンブルを聴いていただいた、『室内楽の森』、トークを入れながら、国、地域ごとにその特徴を味わっていただくプログラムを組んだ『おしゃべり音楽紀行』、宮城県美術館のエントランスホールで、大胆にもバッハからメシアンまで、コンテンポラリーもどんどん盛り込んで、現代アートとからめて展開した『クラシック・イン・ミュージアム〜現代へのクラシック〜』、そして、旬の味わいを楽しむように、その季節にふさわしい音楽を耳で味わっていただこう、という趣向で選曲した『ビストロ・ムジーク』…。
中でも思い出深いのは、三回のシリーズ『バルトークとその周辺』です。彼が初期に影響を受けたシェーンベルクや、かけがえのない同僚であったコダーイの作品も交えながら、ヴァイオリン、チェロ、ピアノでオムニバスのようにプログラムを組んだのですが、これが大変な内容の濃さになってしまって…!一般うけしやすいプログラムではありませんでしたが、とてもよい勉強になりました。休憩中にはお客様にハンガリー産の赤ワインをお出ししたのですが、その手配も自分でしましたし、当日配布するプログラムもすべて手作りしました。準備の一つ一つが大変で、しかも楽しくて、コンサートの最後はお祭り後のような虚脱感…、だったほどです。
さて、今回のシリーズは、ちょっとしたサロンでのサークルのような雰囲気で、音楽家についてのエピソードや作品の生まれた背景についてお話する「プレトーク」と、「演奏」の二つで構成する、市民講座的…いや、講座というより講談的…いやいや、とにかく、「ちょっぴり学んでたくさん楽しくなりませんか?」という感じのコンセプトで構成していきたいと考えています。
第一回のテーマは『恋人たちのベートーヴェン』(現在、仙台では場所、日程とも押さえたのですが、首都圏でも展開できるかどうか、検討中…)。で、チラシの原稿を考えて年が明けた、というのが、この初夢のバックグラウンドだったのです。多分。
自分自身の学びと経験のために、これまでものんびりマイペースで自主コンサートを行ってきましたが、今回のシリーズはそれだけでなく、いらしてくださった方がより音楽に親しみと楽しみを感じてくださるようなものにしたい…。頭の中の構想(妄想?)をきちんと形にできるよう、そして音で伝えることができるよう、楽器に向かう日々を大切に重ねていけたら…と思っています。