第251回 恩師との再会
前回仙台に行った折に、中学から高校にかけてお世話になったE先生と久方ぶりにゆっくりお会いしました。E先生に教わったのは、ピアノ、聴音・新曲視唱などのソルフェージュ関係、スコアリーディングやら音楽理論、果てはお酒の飲み方に至るまで(!?)…。音楽家になるために必要なもの(!)を網羅してくださったように思います。間にコーヒーブレイク(インスタントではない本当のコーヒーを初めて飲んだのは、先生のお宅だったような気が…)をはさみながらのレッスンは、毎回辺りが暗くなるまで長時間(3時間〜4時間?)にわたり、一度なんて、帰ろうと思ったら乗ってきた自転車がなくなっていて、先生と一緒にすっかり暗くなった近所中を探し回ったり派出所に届けを出したりの大騒ぎになったこともあったっけ。(結局、出てこなかったなぁ。)
「あの頃はね〜、美奈子クンに弾いて示せないと癪にさわるから、よくピアノを練習していたんだけどね〜。今はもうすっかり錆びついてしまった…」そういえば、先生のご専攻は作曲なのに、レッスンではピアノの先生のように(あるいは一般的なピアノの先生以上に)、よく弾いてくださったなぁ…。聴音や新曲視唱の曲は先生のオリジナル作品がほとんどでしたが、たまにフランスのパリ音楽院の教材が登場することもありました。
留学中は毎月必ず『留学日記』なる原稿を送り、先生はそれをご自身の主宰で発行している月刊音楽誌の表紙に掲載してくださっていました。今でも大学の先生の研究室には、恥ずかしながら私の初リサイタルの時の写真入ポスターが貼ってあるらしく(先生の大学の卒業生じゃないのに、おこがましくも…!)、ある学生が「この前、E先生の研究室に行ったら、美奈子先生の“若いとき”のポスターが貼ってあったんですよ〜!」と、なぜか興奮して話していました。(なんだい、“若いとき”ってのは…?そんなに今と違うかなぁ?)
先生に「何時にお会いしましょう?」と、指示を仰いだところ、「じゃぁ、午後五時半」とのお答えを頂き(早い・・・)、当時一緒にソルフェージュやら音楽理論なんかを勉強していた、かつての仲間(高校3年の夏になって、目指していた芸大の作曲科をやめて東京大学を受験することにする、といってレッスンから離れてすんなり現役合格し、今は某大学の中国文学の助教授をしているという人物)と待ち合わせて、とある料理屋さん(飲み屋さん)に落ち着きました。
三人で会うのはもう十数年ぶりとあって、実に様々な話に花が咲きました。今の大学の体勢についてや現代音楽について、または来年発表予定の先生の和太鼓とピアノのための作品についてなど、思わず話が白熱してしまい、気がつくとなんと時計は11時をまわっているではありませんか!(そのお店で5時間以上も呑んでいた!?)私はその後、翌日朝の東京移動に備えて失礼したのですが、彼らは、先生が「テキーラのボトルを入れてある」というバーに消えていきました(タフだなぁ…)。
それにしても、先生のところから巣立って20年が過ぎてもなお、先生を囲んで同門の仲間と一緒に呑んだり出来るなんて、なかなかないことです。E先生の人徳にはつくづく頭が下がる…。私にもいつの日か、懐かしい門下生の皆さんと杯を傾けられるような日が来るかしら。来るといいなぁ…。