第512回 名演奏にもほどがある

2011年3月3日 Category: ピアニストのひとり言
Author: Mina
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ロシアの音楽は、大好きです。特にロマン派(国民学派)の音楽は、きれいでわかりやすいのに、憂い、悲しみ、喜び、楽しみといった様々な感情が豊かに混在していて、まるで“酸っぱ・辛・甘・苦”のすべての味わいが含まれている、絶妙なお料理のようです。 「日本人が西洋音楽するうえで、日本語は大きなハンディだと私は思います。日本語は粒のそろったドングリで、ことに抑揚は重い軽い、長い短い、その組み合わせの変化がほとんどない。(中略)音楽というのはそろっていないんです。日本人はそろえようとするからせっかく面白いものが平坦になる。それは日本語のせいである、ということにある日気づいたんです。」 「西洋音楽、とひと口に言っても、いろいろな文化を背負っている。ドイツだけとっても地方によって違う。私はロシア音楽は全くわかりません。まして、日本は遠い、ある特殊な、それも強靭な文化を持った国です。ですから、これは違いなんてもんじゃありません。音楽は国境を越えるなんて軽々しく言わないでほしいと、私は思うんです。」 最近も大きな賞を受賞された、ある国際的に有名なピアニストが15年ほど前に日経新聞に寄せたコラムの一部です。 これを読んだ当時、私は文化的に日本だけが特殊とも思わないし、どういう経緯で彼女がこのようなお考えに至ったのか、よく理解できませんでした。ロシア音楽はわからない、とおっしゃっていますが、彼女が『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』のようなバレエ音楽の、音のおとぎ話のような世界に、まったく憧れない少女時代をおくったとは考えにくい…。わかる、とはどういうことを意味していらっしゃるのかしら。日本語がハンディ、というくだりも、一線で活躍しているアーティストのこの発言を、若い人がどう受け止めるだろう、と思うと、ちょっと悲しい気持ちになりました。 そこで、当時非常勤講師をしていた高校の期末テストでこのコラムについての小論文を書いてもらうことにしました。ずっと3年生の担当だったのですが、『音楽Ⅲ』の時間は指導要領によらず、自由に授業を展開してよいことになっていたのです。そのクラスは音大を受験する生徒のクラスだったので、音楽理論や聴音の他に、入試に小論文がある学校もあったので、出題に踏みきりました。 限られた時間内に四苦八苦しながらも、彼女たちは自分自身の言葉で、考えを懸命にまとめて発表してくれました。なかでも、Kさんの小論文には、まるで同志に励まされたような心強さを感じました。 彼女はまず小論文の冒頭で、音楽界において近年頻繁に耳にするようになった異なるジャンルや異素材同士の“コラボレーション(共同・協力作業)”という動きを取り上げ、その流れの先にあるものとは何かを考察します。従来にない、新しいものを求めてのコラボレーションも、つきつめればそれは「結局、改めてそれぞれの楽器や音楽の歴史の差異を認識し、その音楽の固有の良さを知ることに至るのではないか」と提議します。 さらに「音楽の歴史をたどっていくとさまざまな融合があって今につながっている。弦楽器などはイスラム文化からヨーロッパへ伝わっていったものであるし、アメリカのブルースやジャズにしてもアフリカの影響から生まれたものである。融合から音楽が発展したことは、事実なのである。」と、世界的な音楽文化の発展について述べています。 そして最後は「筆者は、東洋と西洋、また中世と現代が結びつくことはないと言い切っているが、私はそうではなく、異種の文化が融合をくり返すうちにそれぞれの良さを改めて感じることができ、その良さを生かしていくための取り組みがまた、そこから始まっていくのだと思う。限界は、ないだろう。」と、異なる文化を受け入れてこそ、芸術は広がり、高みに至りうるというのだという考えで結んでいました。 さすが我が教え子。彼女のまっすぐな主張に、“何がよい、何が悪い”という観念から離れ、共存の道を模索することこそ、芸術の理念だと考えていた私は、とても勇気づけられました。彼女は今、宮城県内の中学校の音楽の先生をしています。年に一度、彼女やこのクラスの他の生徒さんたちと忘年会で会うことは、私の大きな楽しみになっています。 最近、ラフマニノフの自作自演のCDがお気に入りです。歴史的名盤として名高い、二曲のピアノ協奏曲が収録されているものではなく、彼の書いたピアノの小品集のアルバムです。クライスラーやシューベルトの作品のアレンジも入っていて選曲もとても素敵なのですが、とにかく、何回聴いても唸ってしまうほどに、文句なくうまい!うますぎる!ロシアの音楽芸術の魅力満載、底力炸裂なのです。 「うっわっ!」「おお~!」と、聴きながら奇声をあげつつ、「わかる、わからないなんて気にしないで、脳天気に名演奏や名曲を楽しめる体質で、よかった…」と、しみじみ思ったのでした。

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