第509回 ロシアへ、愛を込めて

2011年2月11日 Category: ピアニストのひとり言
Author: Mina
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寒い日に外にでると、たちどころに鼻が赤くなります。泣いても鼻が赤くなるので、私の泣き顔は女性の、あるいは女の子の可愛く、儚げで、思わず男性が愛おしく思ってしまうようなそれとはおよそほど遠いのです。どう考えても普通の人よりも赤くなりやすい鼻のようです。それだけならまだしも、そこへ鼻水もおりてきてしまうのだから、かないません。…そんなわけで、ロマンチックな涙のシーンとは無縁で生きている私です。 その日も、いつものように鼻を赤くしながら、そして時おり鼻をかみながら、冷たい風の中の吹く街をかつかつ歩き、なじみのお店に入りました。出されたおしぼりをほどきながら、ふと、「あ~、ロシアに行きたい」と、つぶやいていました。そうなのです。この季節になると、胴体は厚手のセーターやオーバーコートで着膨れし、頭には毛糸やら毛皮の帽子をかぶり、北方に生きる動物のようなシルエットになっている人々の国が、なぜか懐かしくなるのです。 10代の頃に、くり返し見続ける夢がありました。人影のないダウンタウン。それが日本でないことは、時おり吹く風に、乾いた音をたてて砂埃とともに道路の上を舞う、新聞の文字からも分かります。貧しい国のようで、街路樹もまばらで、街全体が閑散としています。「ああ、またここに来ちゃった…」そう思いながら街角を曲がると、場違いのようにも場になじんでいるようにもみえる戦車が、堂々たる威厳を持って停まっているのでした。建物に掲げられた赤い星…それは共産圏のどこかでした。 数年後、社会主義の国ハンガリーに住むことになったのは、単なる偶然でしょうか。しかも、その崩壊の前後をも見届けることになったのです。 一方で、バレエなどの舞台芸術も、ドストエフスキー、プーシキンなどの文学も、もちろんチャイコフスキーやラフマニノフといった音楽の分野も、すばらしいものに満ち溢れているというのに…そして、日本から一番“近い”ヨーロッパなのに、ロシアには足を踏み入れる機会がないままなのはどうにも悔しいことです。「あ~、ロシアに行きたい」は、そんな想いがひとり言になって、口をついて出てしまったようでした。 「この本、知ってます?」ふと見ると、となりに座っていた知り合いの男性が、一冊の本を差し出しています。「ちょうど今、読み返していたんですよ。何度読んでもその度に面白くって…」見ると、米原万里さんの著書でした。これが、米原さんとの出会いです。 『魔女の一ダース』というその本は、ロシア語の同時通訳の第一人者として活躍された米原さんによる、他からは得がたい視点からの痛快異文化エッセイでした。「大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』という本も、オススメですよ」手にとった本にくいついて、なかなか手放さずにいる私に、彼はおだやかなまなざしを向けて、そういいました。むむ、こっこれは、恋の予感…。 それからというもの、案の定、惚れっぽい私は米原さんにフォーリン・ラヴ…首ったけ状態に陥っています。9歳からの5年間を共産主義体制下のプラハで、数十カ国の子どもたちと共にロシア語学校に通って過ごした彼女は、西側の国で育った帰国子女とは明らかに違う論点を持っていて、その感性鋭い切り込み、ハンサムなユーモア、文才の豊かさに、もうめろめろです。 彼女の著書『ロシアは今日も荒れ模様』に紹介されていたロシアの小咄をひとつ。 「理想的な人間像とは?」 「イギリス人のように料理がうまく、フランス人のように外国人を愛し、ドイツ人のようにユーモアにたけ、スペイン人のように働き者で、イタリア人のように自制心に優れ、アメリカ人のように外国語が得意で、中国人のように高い給料をもらい(*美奈子注:これは近年、覆っているけど)、日本人のように個性豊かで、ロシア人のように酒を控えめに飲む人のことです」 これには、大爆笑!激しく笑うあまりお腹が痛くなって、先を読むのに苦労したほどです。こんなに声と涙をだして(あ、鼻水はでませんでした)笑ったのはいつ以来でしょう。人のいるところで読まなくてよかった、と、つくづく思ったのでした。 被害者(?)は私だけではなく、袴田茂樹さんもあとがきの中で「僕は米原さんの本を読むのはあまり好きではない。翌日必ず体調がおかしくなり、スケジュールに支障が出るからだ」つまり、「つい油断して読み始めたのが運の尽き。どうにも止まらなくなって(中略)、結局朝まで一睡もしないで一気に読まされてしまった」ために、翌日のシンポジウムで大変なめにあった、とおっしゃっています。そんなオーバーな…と思うのは、米原さんの底力(魔力?)を知らない方です。 ああ、困った。ますますロシアに行きたくなってしまった。しかも、どうせならシベリア鉄道でいきたいなぁ。一週間の列車の旅の間、コンパートメントの旅人とのんびりおしゃべりして過ごしたら、モスクワにつく頃にはロシア語も少し上達するでしょうし、スローペースなくせに無駄にせっかちな性格も、改善されそう! (*ちなみに、若くして2006年にお亡くなりになった米原さんには、こんな映像でお会いすることができます。 http://www.dailymotion.com/video/xe2nwc_yyyy-y-yyyyyyyyyy_news )

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